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第3話
2018年7月27日PM8:20。
「最後はアーサー・ベル氏のコレクションの中でも近年から亡くなられた1999年までに収集されたものを展示してあります」
その声は相変わらず30、40代の落ち着きのあるものだった。声こそ年相応に深みがあり、鼓膜を揺さ振るようなものだ。どこか艶があるというか、セクシーにすら感じる。
「ベル氏の死後、息子のハーバード・ベル氏によって彼の美術関係の事業を受け継がれ、発展していく訳ですが、ベル氏の死後も友人や多くの支援者がハーバード氏へ協力をして、事業は成り立っていた。とハーバード氏は言われていました。例えば、皆さんの目の前にある手紙を見てもらえると分かるかも知れません」
『親愛なるアート様へ
貴方が天国へ旅立ち、数年経ちますが、まだ信じられません。(中略)
右の絵を貴方の財団へ寄付いたします。
貴方の最も最も古い友より』
とキャプションには記されている。
夏迫は「最も最も古い友」とはアーサー氏の幼い頃の喧嘩友達で、あの乱暴者のジョンだったのだと正体を明かした。
その種明かしに静かな館内にあぁと感嘆の声が響き、本日のツアーも盛り上がった。
「ありがとうございます。それでは、あとの30分はそれぞれ自由に見て回わってくださいね」
夏迫はコンダクターとしての役目を果たすと、晩年のアート氏、つまり、アーサー氏の写真を見つめる。1週間前に夏迫が目にした18歳だと推定されるアーサー氏の金髪ではなく、銀色に輝いている。滑らかで張りがあっただろう肌には多少の皺が掘り込まれていた。
だが、それでも。
夏迫の目の前の晩年のアーサー氏は矍鑠としていて、十二分に美しかった。
「あっ……」
これでは彼に恋をしているみたいじゃないかと、夏迫は写真から自身の腕時計の文字盤へと視線を落とす。
あと1時間。1時間後、ツアーが終わり、閉館になった後。夏迫はアーサー氏と会うことになっていた。
「また1週間後に、ここで会えると嬉しいな」
夏迫にも分かるように、スラングのない英語で優雅に話すアーサーはあの後、夜の街の光も届かない闇へと消えていった。もしかしたら、古い古い悪友の言うように天国へと還ったのかも知れない。
まるで、この世のものではない程、整い尽くした容姿にやや気怠げだが、儚げとも取れる出で立ち。甘やかに囁かれる一言一言。
全てが映画か小説のようで、夏迫は俄かには信じ切れなかった。
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