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第12話

「僕の名前はアーサー・ベル。名前は天国へ行ったおじいちゃんからもらったんだって」  シェフが肉を焼き上げるまでの間。 アーサーはペリエの入ったグラスの下に置かれた紙のコースターへ絵を描く。アーサーは数分もかけずに、夏迫の横顔を書くと、「Artie B.」とサインした。 「ほら、Art(アート)だとおじいちゃんと同じだから」  Artie B.は現在、注目度の高い画家のようだった。そんな彼が気まぐれにでも描いたもの、それなりに値がする、とウェーターに聞き、夏迫は驚いた。  しかも、 「そのうち、僕のアトリエに呼んで、こんなのとは比べ物にならないものを描くからそれまでの代わりね」 「かわり?」 「うん。本当はNYのアトリエに来て欲しいけど、あとぅしも仕事があるし、京都か東京のアトリエかな?」  なんて言って退ける。  夏迫はアーサーに対して理解できないことばかりだった。 「え、理解できないって?」 「あぁ、君なら大概の人間を描けるだろうし、好きにすることができる。なんで、俺なんか……」  夏迫は自分で言うのも情けないが、来週で40歳だ。老眼鏡を買おうか、なんて思っている。おまけに、仕事には就いているが、決して裕福ではない。過去にはそのことが理由で婚約寸前に別れたこともあった。ガリガリの骨と皮というのは行き過ぎだが、肉づきも良くない男だ。  前途有望にして、容姿も裕福さも備えたアーサーとはどう見えても釣り合いそうにない。 「もう、どうして、あとぅしは!」  じれったいと言わんばかりに、アーサーはありとあらゆる英語を話した。 「I fancy you!」 「あ、I fancy you?」 「おお、良いね。その調子でI’m under you spell!」 「あ、I’m under you spell?」 「そうそう、じゃあ、Until now I’ve been looking for you I’ve got a crushing on you!ってこれは長いね。I must have you!って力強く言ってみて」 「I must have ユー!」 「O.K. O.K. じゃあ、次は顔を赤くしてI’m in love with you.」 「I'm in love……って!」  滅多に洋画を見ない夏迫も、ようやくアーサーがどんな類の言葉を言っていたかが分かった。その顔はアーサーが頼んだように、鉄板の上で軽く焼かれたミニトマトよりも真っ赤だった。

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