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じっとりと背中を濡らす汗で目が覚めた。
湿ったシャツが肌に纏わりつくのが気持ち悪い。
部屋の冷房をつけていなかったのか。
まるで蒸し風呂のような暑さに眩暈さえする。
「さすがに飲みすぎたか…」
ズキズキと痛むこめかみを押さえながら呟いた。
夕べは送別会でしこたま飲まされた後、二次会だ何だと引っ張り回され気がつけば午前さまだった。
タクシーに乗ったところまでは何となく覚えているのだがその後の記憶が飛んでいる。
しかし、こうしてベッドで横になっているという事はきちんと帰ってこれたという証拠だろう。
汗でぐっしょりのTシャツを脱ぎ捨てると、水を飲もうとしてよろよろと立ち上がる。
そこではたと気づいた。
「………ここ、どこだ?」
紗波が居たのは、引っ越してきたばかりのまだ段ボールの積まれた自分の部屋ではなかった。
昔ながらの砂壁や、低い天井。
剥き出しの裸電球や薄汚れた襖は、リノベーションされている紗波の部屋とは違いどんよりとしている。
ここだけ時間が止まってしまったかのような閉鎖的な間取りの部屋は、まるで幼い頃紗波が住んでいた団地のような懐かしさがあった。
「まだこんな部屋が残ってたのか…」
昭和を感じる団地独特の雰囲気の部屋に状況を忘れ、感嘆しながら辺りをぐるりと見回す。
不意に視界の片隅に人影が飛びこんできて思わず肩をビクリとさせた。
狭い和室のほとんどの面積を占領しているベッドの片隅で、大きな瞳がじっと紗波を見据えていた。
「目が覚めましたか?」
大きな瞳を縁取る長い睫毛がパチパチと瞬く。
「あ……えっ……と…」
何を話していいかわからず狼狽えていると、きゅっと結ばれていた形のよい唇がうっすらと笑みを浮かべた。
その美しさに紗波の目は一瞬で釘付けになった。
柔らかくカールした前髪から覗くアーモンド型の瞳、鼻梁の整った小振りの鼻や唇が滑らかな白い肌の上でバランスよく配置されている。
まるで人形のように美しく可憐で妖艶な少女に紗波の心はひどくざわついた。
華奢な体躯からまだ年端もいなかい少女だという事はわかったが、幼さを残しつつもどこか憂いを含む謎めいた艶に背徳感のようなものさえ感じてしまう。
「ふふ…お兄さん、今日はよっぽどいい日だったんですね」
可憐な容姿に似合わず低い声に紗波は再び驚いた。
まさか男だとは思ってもみなかったからだ。
しかも、彼が身にまとっているのは紅い襦袢のようなものでおおよそその年代が好んで着るような、ましてや男が着るようなものではない。
昭和の薫りが色濃く残る部屋と襦袢姿の美しい少年。
明らかに怪しげで、奇々怪々とした状況に頭の中ではしきりに警報が鳴り響いている。
しかし早くここから立ち去らなければと思う一方で、もう少しこの少年を知りたいという得体の知れない欲望が紗波を駆り立てていた。
少年はゆっくりと立ち上がると紗波の前に歩み寄ってきた。
心臓が駆け足になり、全身の毛穴から汗が吹き出してくる。
「悪い、部屋を、間違えたみたいだ」
幼い少年に対して何をこんなに動揺しているんだ。
なぜだかわからないが声が震えてしまう。
「大丈夫です、お兄さんが初めてではないので」
少年の弧を描いた唇に目が奪われ、得体の知れない衝動が全身を駆け抜けた。
この暑さは部屋の温度のせいだ。
吹き出た汗がつつ…と額を流れていく。
憂いを帯びた表情がゆっくりと紗波を見上げた。
蒸し暑い部屋の中で少年は汗一つかいていない。
「お兄さんを待っていました」
少年はそう言うと、紗波の手を取った。
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