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自宅に戻った紗波は、汗だくになりながら玄関に座りこんだ。 こめかみを伝う汗を乱暴に拭うと大きく溜息を吐く。 まだどくどくと脈打つ心臓を抑えながら、さっき感じてしまった激しい感情が一体なんなのかを必死に考えた。 誘うような眼差し、淫欲を煽るような肉体。 互いの名前も知らないままに、まるでそれが当たり前のことのように進めてきた。 あれじゃまるで濡事を稼ぎとする娼婦のようじゃないか。 そう思ってまたじんわりと汗が滲んでくる。 まさか、こんなご時世にそんな古い風潮がまだ残っているというか? そんなわけ、ないよな。 まだ十代と思しき子が団地の一角で娼婦のような真似事をするのが許されるような時代じゃない。 そんなことをすれば児童淫行罪や児童買春、児童ポルノ禁止法違反にあたりあっという間に捕まるだろう。 犯罪一歩手前で踏みとどまったことをホッとする一方で新たな疑念が脳裏を掠めた。 もし万が一あの少年が娼婦のような行為をしていたとして、他の人間にもしているとしたら・・・ そう考えると一瞬、腹の奥底が煮えたぎるようなわけのわからない感情に支配された。 煮凝るような気持ちを抑え、必死に頭を働かせる。 もしかしたら彼にも何かしらの理由があるのかもしれない。 身体を売って生活をしなければ日々の生計を立てることができない。 そんな哀しい境遇の持ち主かもしれない。 しかし一日前まではただのしがないサラリーマンで、今は作家を夢見るだけの所謂無職の紗波に一体何ができるというのだろうか。 具体的に何をしたらいいのかもわからないくせに、なぜか気持ちだけがそわそわと落ち着かなくなる。 それでも若い彼の将来を思えば、誰かが手助けをしてやるというのが大人としての務めじゃないのか。 こんな行為はすぐに辞めさせて、学校なりまともな仕事に就くように論することくらいならできるはずだ。 もし経済的に余裕がないのであれば当面の生活費くらいなら紗波の貯金から貸してやることもできるだろう。 そう思うと居ても立っても居られなくなり、冷たいシャワーを頭から浴びると再びあの古い団地に向かった。 紗波の住んでいるリノベーション済みの団地と変わらない外装のその棟に足を踏み入れると、蒸し暑さから一変して冷んやりとした空気が身体を纏う。 紗波と同じ階の同じ部屋の位置に着くと、八分音符のマークが描かれたチャイムをそっと押した。 小さなチャイム音が鳴ってしばらくすると古びた扉が鈍い音をたてながら開く。 扉から顔を覗かせた少年は紗波の顔をみると驚いた表情をした。 「お兄さん・・・・」 「大明寺紗波だ。紗波でいい」 「紗波、さん・・・」

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