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少年に名前を呼ばれたのが妙に嬉しくて紗波は大人気なくはにかんだ。
「お前は名前はなんていうんだ?」
「僕は・・・・」
少年が口を開きかけた時だった。
階下から数名の男の声が聞こえてきた。
その声はゾロゾロと階段を登って紗波達のいる階へと近づいてくる。
少年の顔色がさっと変わるのを紗波は見逃さなかった。
「ここにいては駄目です」
少年は紗波の手を引くと素早く部屋の中へと招き入れた。
扉を閉めると鍵をかけ、紗波を奥の部屋へと誘導する。
「なぜ戻ってきたのですか」
薄汚れた襖を閉めると、少年は眉を顰めて紗波を睨みつけてきた。
先ほどとはうってかわったような態度に 戸惑っていると、突然ドンドンドンと玄関の扉を強く叩く音が響いた。
さっきの男達だろうか。
「乙矢、ここを開けろ!」
扉の外では男達がノブをガチャガチャと回したり叩いたりしながらしきりに何かを叫んでいる。
少年はその声に動じることも、また来客に応じることなくもなく紗波をじっと見つめていた。
吸い込まれそうなほど大きな瞳。
真っ黒なその瞳からは彼の感情は読めないが、こちらの感情は何もかも見透かしているようなそんな気にさせられるほど不思議な瞳の色をしている。
「乙矢がお前の名前?」
ただならない状況だというのに、自分の口から出たのは呑気ともいえるようなそんな言葉だった。
あの男達は何なんだ。
お前は売りをやっているのか?
さっきまで散々に聞きたいと思っていたことが不思議と何一つ浮かんでこない。
そんな紗波の言葉が意外だったのか少年は大きな瞳をさらに大きくすると、今度はフッと笑った。
クスクスとおかしそうに笑うあどけないその笑顔に、紗波の胸は一気に溶かされた。
彼がどんな境遇を生きていようとどんな事をしていようと構わない。
ただ、ただ、彼が美しいと思った。
確実なのは自分がこの乙矢という少年にとてつもなく惹かれているという事だ。
「紗波さんって、変わってるんですね」
少年の柔らかな軽口に紗波もふっと口許を緩めた。
「よく言われるよ。まぁ、年の功ってやつかな」
「いいえ、普通こんな状況だったら驚く人の方が多いです。でも・・・僕は紗波さんが思っている以上に穢れています。きっと紗波さんをがっかりさせてしまうかも」
乙矢は口許に笑みを浮かべながらも、どこかもの哀しげな表情を浮かべて紗波の背中の向こうをじっと見つめた。
青白い肌が今にも消えてしまいそうで儚げだ。
気がつくとその華奢な身体を抱きしめていた。
腕の中に囲うと思っていた以上に細くて今にも手折ってしまいそうな気になる。
「紗波さ・・・」
「綺麗だよ、お前はすごく綺麗だ・・・」
慰めや憐れみなんかじゃない。
それは心からの言葉だった。
まがりなりにも作家を目指しているくせに、それ以外の言葉が出てこない。
上手い口説き文句の一つも言えない自分に呆れてしまうが、腕の中の乙矢には伝わったらしい。
細い腕が、紗波の背中にそっと添えられた。
「紗波さん…抱いて…」
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