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「大明寺さん!」 買い物帰りの紗波を誰かが呼び止めた。 振り返ると、そこに立っていたのは団地を管理する自治会長だった。 白髪まじりの頭髪、柔らかい物腰と話し方が感じのいい印象の初老の男だ。 ここに越して来たときも新参者の紗波を淘汰することもなく快く迎え入れてくれて、引っ越しの手伝いまでしてくれた。 「(たいら)さん、こんにちは」 紗波が挨拶をすると、平は眉を潜め足早に近づいて来た。 「大明寺さん、困りますよ」 平の言葉に紗波はえ?と首を傾げた。 「B棟は立ち入り禁止なんです」 B棟、そこは乙矢が住んでいる団地の棟の事だ。 立ち入ってはいけないというルールなんてあっただろうか? そもそもあそこには乙矢が住んでいるし、乙矢を訪ねて数人の男達が立ち入った事も知っている。 「え?あの・・・どうしてですか?おと・・・人が住んでいますよね?」 紗波の言葉に平の表情がますます険しくなる。 「とにかく、あそこには二度と近づかないでいただきたい」 平はそう言い放つと、紗波を一瞥して去っていった。 B棟が立ち入り禁止・・・? 人が住んでいる気配があるというのに入ってはいけないとはどういうことだろうか? 平が去った方向を困惑した表情で見つめながら紗波は何か得体の知れないものを感じた。 「ここに入るなと言われた」 情事後、乙矢を腕の中におさめながら紗波は平に言われた事を告げた。 盆も過ぎた夜だというのに外はまだ蒸し暑く汗が噴き出すほどだが、この部屋はどこかひんやりとしている。 紗波は掛布団を引っ張ると冷たい乙矢の身体にかけた。 「自治会長さんは僕を快く思っていないんです。ここの団地の人たちもそう。僕みたいな人間は人扱いされてないから・・・」 乙矢はさして何の問題もないといった感じで淡々と答えると紗波の胸に顔を埋めた。 「お前、あの自治会長とも・・・・」 そう言いかけて口をつぐんだ。 乙矢が今までどんなことをしてきたかなんて気にしないと決めていたはずなのに、今まで何人もの男に慰み者にされてきたのかと思うと腹わたが煮えくりかえりそうになった。 「紗波さん、僕は・・・・」 「俺は他の男とは違う!お前を…本気で…」 華奢な乙矢の身体を引き寄せ折れんばかりの強さで抱きしめると、その柔らかな髪に唇を押し付けた。 「そうだ、俺と一緒に住まないか?どこでもいい。どこか遠くで二人で暮らそう。この団地を出るんだ」 抱きしめた腕の中で小さな身体が僅かに震える。 紗波はそれを「イエス」と受け止めた。 しかし、次の瞬間くすくすと笑う声が聞こえてきたかと思うと身体が反転され、気づいたときには華奢な身体に組み敷かれていた。 仰向けになった紗波を跨いだ乙矢が妖しい笑みを浮かべながら自らの唇を舐める。 今まで見たこともないような表情をする乙矢に紗波は唖然とするばかりだった。

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