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第9話
キオの黒くてショートな髪をわしゃわしゃと俺の両手で包み込んで、泡で洗う。
この前戯が終われば、心待ちにしとる食事や。
「耳の裏まで洗ったるな」
俺は優しい声でそう言うて、耳の裏をさらりと撫でた。
「うわぁ、こしょばいてぇ〜」
キオはそう叫んで、ハハハッと笑い声を上げた。
『りーにぃ、やめてぇや〜』
ふわっとあいつ……俺が人間やった時におった弟の声が聞こえた。
小さい頃に一緒に風呂にこうやって入った淡い記憶。
俺の瞳からほろりと涙が零れた。
兄ちゃんが髪を洗ってくれるって言うから、僕は黙って鏡の前に座る。
髪を洗ってもらうなんて何年ぶりやろ……いや、何十年ぶりかな。
「耳の裏まで洗ったるな」
『希音は本当に甘えん坊ね……こまったちゃんだわ』
僕の母の声が兄ちゃんの声に続けて聞こえて、懐かしさに笑みが零れた。
「うわぁ、こしょばいてぇ〜」
一瞬触れただけやけど、僕は笑って欲しくてハハハッと声を上げた。
でも、鏡越しに見た白い肌の兄ちゃんは目から汗が出るほど疲れとった。
淡い恋心を抱く僕は穏やかに微笑んで、兄ちゃんと呼んだ。
「ありがとう、兄ちゃん……ちゃんと恩返ししたるからね」
お風呂から上がれば、兄ちゃんが心待ちにしとる食事……血を吸う時間になる。
僕は食い尽くされる、でもええんよ。
僕は静かに目を閉じて、ふふっと笑った。
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