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第10話

翌朝。まだ何気に痛みの残る腰に手を当てながら、階段を上る。オフィスに入るとまだ出社時間の一時間前だと言うのに北園の姿があった。 「おはようございます、社長」 「おはよう、本当に熱心だな。今日はいつに増しても早いじゃないか」 彼が出社時間よりも早く来るのは毎回のことであり、驚くべきことでもない。しかしここまで早く来るのは珍しく、何かわけでもあるのだろうか。 鞄を下ろすと近くの棚から今日使う用のファイルを探した。 「あの…。大変聞き辛いんですけど…」 突然北園が改まって声を発するもので、何事かと思いファイルを取り出しながら顔をそちらに向けた。北園は一瞬小さな笑みを浮かべたかと思うと、スマホを取り出した。 「社長、昨日の夜。…ここで何してたんですか?」 ファイルがゴトンと音を立てて落ちる。冷や汗が一気に吹き出し、ぽたぽたと床に零れ落ちた。 「その反応、やっぱりマジなんだ」 北園は愉快そうに肩を竦め笑うと、俺の方に歩みを進めた。そして目の前に出された、スマホで撮った画像に息を呑む。そこに写されていたのは昨日の俺と遼河。このオフィス、遼河の机の上に座った俺と遼河が、今にもキスをしそうな距離で見つめあっていた。そしてスクロールされた次の写真は俺の家のドアの手前で遼河が俺の腰を抱いている写真だ。 「な、んで…」 社員にこの関係はまったくもって話したことがない。なぜ。昨日は定時の時間から一時間もあとだったから油断し切っていた。こんなところ見られるなんて。 「驚きましたよ。まさか社長と大河内が…。しかも社長がこんな声出すなんてね」 北園が動画の再生ボタンを押した。 『んっ、ふっ、ん、まだ、いりぐ、ちっ』 『大丈夫です。崩れたら運びます。今は集中して…』 『そういう事じゃ、んんっ、あ、ふぅ、…』 そこから聞こえてきたのは紛れもなく俺と遼河の声だった。昨日の玄関先での会話。ほぼドアにくっついていたから、外からなら簡単に聞こえていたのか。完全に全身の血の気が引くのを感じた。もう否定できる部分はない。終わりだ。 「何もこれを社員全員に言いふらそうってわけじゃないですよ」 「へっ…」 「俺もそんな鬼じゃありません。ただ、俺の条件を飲んでくれたらですけどね」 「わ、分かった。出来る限りの事ならする」 社員に言われるのが一番きつい。俺はもちろんだが、遼河の居場所すらもなくなってしまう。それだけは避けたい。そのためなら条件とやら、呑んでやろう。 「簡単なことですよ。俺と一発ヤるだけです」 意味が理解できない言葉にしばらくの沈黙が訪れた。

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