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第23話
抱きしめる力に力をこめる。今だけは北園のことしか考えられなくなるように。
「要斗、さん…。本当に、俺でいいんですか?」
耳元で驚き言葉すらも失ったような北園が、確認をするように小さな声で問いかけた。その声は若干震えているようで、どれほど勇気を出してこの言葉を言ってくれたのかが分かる。
「北園がいい。まだ、遼河のことは忘れられないかもしれないけど、それでもいいなら俺は北園を選ぶ」
ふと頭に過ってしまうのは遼河の顔、声、身体、手つき。でも、それすらも北園なら受け止めてくれると思った。少しずつでも、北園と一緒に過ごして遼河のことを忘れられたら。無理な話かもしれないけど、今はそれを信じたい。
「はい、それでもいいです。俺が要斗さんの中から大河内を忘れさせてみせますから」
得意げに笑いながらそう言った北園は、俺の背中に腕を回した。そして、強く、強く抱き締めた。今まで触れられなかった分を埋めるかのように。そんな北園に応えるようにこちらからも抱き締める力を強くした。
「どうしましょうかね、時間」
もう一度ソファーに腰掛け直した俺達は、時計を確認し苦笑を浮かべた。あの時訳も分からないままフロントで伝えた使用時間を今確認してみたら6時間となんとも長い時間だった。今部屋に入ってから約二時間。あと四時間をどう過ごそうかと考えていた。ここは返金などがないため、流石に四時間分は金が無駄だ。
「要斗さんさえ良ければ、やることは一択なんですけどね」
「うっ…」
さらりと告げられた北園からの言葉に頭の中に一つの言葉が浮かぶ。やはりここに来たからには、そういうことなんだろう。俺もそれを覚悟してここに入ったわけでもあるから、断るわけもない。だが、北園を選んだということはそういう関係になったわけだ。こんな簡単に初夜を済ませても良いものだろうか。
百面相を繰り返す俺の表情を見ては、北園は吹き出し笑った。
「冗談ですよ。俺だってこんな簡単に初めてをしたくないですから」
随分と楽しそうに笑う北園は、ぽんぽんと俺の頭を撫でた。そんな風に笑える奴だったのか。長年一緒にやってきた仕事仲間だったが、こんな風に豪快に笑う姿は見たことがない。普段はクールで冷静なイメージがあったから意外だ。
「どうかしました?」
ふと俺の視線に気づいたのか問いかけられる。
「いや…、そんな風に笑えるんだなって」
その言葉に驚いたようにこちらを見つめた北園は、またいつも通り小さく笑い答えた。
「好きな人にしかこんな表情見せませんよ」
そういう北園の言葉にまだ慣れない感情は酷く動揺し、真っ赤になった顔を隠した。そんな俺を見てまた北園は楽しそうに笑った。
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