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第29話

三階のオフィスに着いた俺達は、何も言えずに黙っていた。しかし手のひらは離れずそのままだった。 「…気にしなくていいですよ」 突如開かれた口から出たのは、その言葉。北園の方を見ると眉を下げ笑っていた。 「まだ好きなのは分かっています。俺は待ちますし、無理に忘れようとしなくていいんです。それでまた二人の雰囲気が悪くなったら仕事にも悪影響でしょう?」 そう言う北園は、俺の頭を撫でながら小さく笑った。その手のひらにまた甘えたくなってしまう。どうしてこうもこいつは。俺を甘えさせるのが上手すぎる。 「すまん、ありがとう」 謝ることと礼を言うことしか出来ない。こんなにも助けて貰っているのに、全く恩返しできないのが苦しい。 「だから大丈夫ですって。要斗さんが少しでも幸せになってくれるように、俺頑張りますから。これからです」 前向きな言葉で励ましてくれる北園には、また借りが出来てしまった。また、ちゃんと感謝も含めてなにかしてやらないと。 ガチャ 「おはようございまーす」 勢いよくドアが開くと、職員が流れるように入ってきた。北園は瞬時に俺の頭の上から手をどかすと、何事も無かったかのように近くの資料を手に取った。 俺も席に戻ろうかとそこの椅子から立ち上がる。 「社長、おはようございます」 数名の社員が隣を通り過ぎながら挨拶をするので、こちらからも返すように「おはよう」と軽く述べた。 そして社員の最後尾には、もう一人の社員と親しげに話す遼河の姿があった。先程までの表情からは想像出来ないくらいの、久々に見る笑顔だ。 …距離が縮まる。ほかの方に向いていた顔がこちらへと向いた。息が詰まる。動悸が早くなる。動揺が顔に出てしまいそうなのを必死に画して顔を上げた。 「おは…」 「はよざいまーす、社長」 こちらの緊張など全く気に留めないように、喧嘩前と同じような笑顔で挨拶してくる遼河に、言いかけていたおはようも消えた。 それには遼河の周りにいた社員も驚いたようだった。 「なに遼河、社長と仲直りしたん?」 「そもそも何で喧嘩してたのかも知らないけどな」 楽しげに話す社員のを無視してはいけないと、笑いながら遼河の返事を聞く。 「そーなんだよ。仲直りっつーか解決?そんなに悩んでたのが馬鹿みたいな内容だったわー」 俺の気持ちも知らずにズケズケと心に刺さるようなことを言う遼河は、いつもよりも怖かった。でも何か言い返したら今まで隠してきたものがバレる可能性もあるから何も言えない。周りに合わせて笑うことしか出来ない。 「でもまぁ、これからはもうちょい部下っぽくしようかなー。社長と親しくしすぎたらいけないみたいだし」

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