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第32話

しばらく抱きしめあった後、こちらから離れるとしっかりとスーツを整え直し笑った。 「そろそろ戻ろうか」 三階の方を指さすと戸惑い気味の北園の腕を引く。やはり会社内であんなに怒ってしまったからには、戻りづらいものもあるだろう。しかし、多分大丈夫だと思える。 「大丈夫だ、丸く納まってるはず」 にっ、と口角を上げて笑えば強引に北園の腕を引きオフィスに戻る。 何事もなかったかのようにドアを開くと中に入っていった。社員が全員こちらを向いたかと思えば、先程場を盛り上げていた数名の社員がこちらへと歩いてくる。 「北園、悪かった!」 「最近お前大きい仕事してるんだよな、煩くしてごめん」 「ストレスも溜まってるだろうし、怒るのも当然だわ」 全員が口々に謝罪の言葉を述べる。これに北園は何が何だかわからないような顔をしているが、俺はこうなることを予想できていた。 「さっき遼河が言っててさ。北園は大変な仕事抱えてんのに煩くした俺らが悪いって」 北園の視線が遼河の方を向いた。やっぱりそうか。遼河はトラブルがあった時には何かとその場を落ち着かせるのが得意だった。持ち前の対応力の早さと、場を和ませる性格からだろう。今日もこうしてくれているはずだと思っていたから戻ってこれた。 遼河の方を向くとヘラヘラと笑いながらこちらを見ていた。自分は何もしていない、気にするな、というような態度で。 「よし、各自今日のノルマ分早く片すように」 「はい」 全員が頷き自分の席へ戻ろうと歩みを進める。俺も自分の席に戻ろうと遼河の横を通り過ぎた。 「ありがとな」 「いいえ」 短く交わされた言葉は、寂しいのに暖かなものだった。 これが、本来の距離感だ。 その日も順調に仕事が進み、気づけばもう終わりの時間が近づいていた。 今日の昼食は何だか新鮮な気持ちになった。いつもは一人、もしくは遼河と一緒に食べていた昼食を、今日は北園と食べたのだ。出張などで一緒に食べたことはあるが、それすらも最近はなかったためどこか懐かしく感じた。 「みんなそろそろ帰っていいぞ。俺はもう少しやっていくから」 やはり取引先からの要望などはこちらで処理をしているため、量が多い日は一日で終わることがない。社員はそれを知り手伝おうとするものの俺から断っていた。残業をさせるくらいなら、自分の時間を楽しんで欲しい。 「俺も残りますよ。まだやる事あるし」 一番に声を上げたのは北園だった。まぁ、個人的に残業分があるならば残すまでだ。頷くと他の社員が帰るのを見送った後、自分の席に戻った。

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