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第9話
お座敷の角に重ねたお客さん用だろう座布団をひずるは一枚取ると、ひずるが来たのに、まだあちらを向いて起きないなぎとの正面に回り、その座布団を畳に落とし胡座をかいた。
ひずるの突然の訪問になぎとの心臓はさっきっからうるさくバクバク鳴っている。
狸寝入りを決め込むなぎとの薄目にひずるの膝頭が写ると、その心臓はドキッ!っと一際大きく跳ね上がった。
とっさになぎとは、二つに畳んで抱えるように枕にしていた座布団をバサッと戻し、折り目がついて戻りの悪い半分でバッと顔を隠した。
「…ふう、何やってんの」
やれやれといったふうで、ひずるは顔が見えないなぎとを見下ろす。
「アルバイトはどうだった?いつ帰り着いたの?ラインも全然ねえし。仕事、大変だったのか…?」
ひずるの質問になぎとはさらに強く顔を隠すが、何も答えない。
「…あのなあ、…」
なぎとが何も話さないで顔も隠して見せてくれないことに、ひずるは少しがっかりする。
なぎとが本当にアルバイトに行っていたら、なぎとのことだから貰ったバイト代をひずるの前にチラつかせて、きっとハイテンションでバイト先での出来事を話して聞かせただろう。
返信が来ないとわかっているひずるのラインにも山のように通知が来ただろう。
だからそんなことは、通知が一通も無いなぎとのラインを見た時から、ひずるは薄々気付いているのに。
どうしたもんかと、ひずるも座布団を枕にしてなぎとの隣に横になってみた。
するとなぎとは隠れている座布団の端から半分顔を出してひずるを見た。
ひずるは目を閉じている。
5日ぶりのイケメンひずるの端正なその顔に、なぎとの心臓は絞るようにきゅうっとわしづかみにされて、思わずごくりと唾を飲んだ。
「ひ、ひずる………オレごめんっ、バイト駄目だったんだ…」
なぎとは情けない小さな声でひずるに話し始めた。
「激短のバイトも探してみたんだけど…ママにバレちゃって………」
ひずるがゆっくり目を開けた。
「だから、ごめんな………ラブホ……」
なぎとは赤くなりつつ申し訳なさそうにまた座布団を顔に被せて謝った。
「いいよ」
そんな事はもうどうでもいい。
ひずるがなぎとの腕を掴むと座布団が平になって、なぎとのクリクリの瞳と視線が重なる。清んだなぎとの瞳にもようやくひずるが映り込む。
ラブホは無理でも、こうして二人だけになれる時はいくらでもある。
なぎとの顔がやっと全部見えると、ひずるは体を起こし、一人占めして向こう側にも肘をついてなぎとを囲んだ。
なぎとの真上から、真っ直ぐになぎとを見下ろす。
「俺が居ない間、何してた?学校行ったの?」
「…行った。しかも毎日」
「ふはっ、マジで?スゲーじゃん」
「…だろ?担任にもほめられたよ」
ふふっと笑い、ひずるは尚もいとおしそうになぎとを見つめる。
ひずるの髪がなぎとの額を擽る。ひずるの鼻先もなぎとの鼻先にちょんとかすった。
唇まであとほんの数センチ…。
なぎとの家族が居る居間から、奥座敷まではだいぶん放れてはいるものの、なぎとの家は人が多い。この体勢も正直ハラハラものだ。
「…なぎと、今から俺ん家来るか?」
ひずるの家はお母さんしか居ない。じきにお父さんも仕事から帰って来るだろうが、ここよりは安心だとひずるは踏む。
「…ひずるのお母さんきっといっぱい料理作ってるよ…5日ぶりだから」
「どうでもいいよ」
「よくない…、今日は絶対迷惑がられる」
「はあ…?俺だって5日ぶりのなぎとだぞ?ヤバいって分からねえの…?」
ひずるは小さい子供の癇癪のように、なぎとの首筋に顔を落として、イヤイヤ!と首を振った。
なぎとは乱れるひずるの髪を両手で後ろに鋤き、その頭をぎゅう………っと抱きしめてやった。
「明日絶対行くから」
なぎとにとっても5日ぶりのひずるだ。できることなら今すぐにでもどうにかしたいに決まっている。
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