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拓也の親は海外に出張に出ていて、近所に住む母親の姉に食事などの面倒を見て貰っている。 交友関係が広い拓也なので、友人達の溜まり場になってもおかしくない環境だが、拓也の部屋に入るのは彩斗だけ。 拓也の部屋は異様だ。 所畝ましと小箱が積まれ、その全てに昆虫の標本が入っている。 拓也は標本作りが何よりも好きなのだ。 否、命を奪う過程が好きなのだ。 注射器でエーテルを流し込み、汚れを拭いて、防腐処理を施し、ピンで固定。 恋をしているかのようなロマンチックな表情で、静かに命を奪う。 「ほら見て彩斗、キレイにできた」 そして嬉しそうに彩斗に見せるのだ。 「本当、キレイだね」 狂暴で、凶悪で、そして無邪気な、クラスの皆が知らない拓也。 この時間だけは“自分だけの拓也” 『今夜やろうぜ』の合図で始まる拓也との夏の夜限定の昆虫採集、そして標本作りを、彩斗はとても楽しみにしていた。 二人のこの遊びは、一年生の夏休みから始まった。 彩斗も昆虫が好きで林に採集に行った時、ばったりと拓也と出くわしたのがきっかけだ。 その頃には学校の教室内では仲の良いグループが出来上がっており、拓也と彩斗が親しく接するタイミングは無くなってしまっていた。 だから教室で“みんなの人気者の拓也”が、風変わりな彩斗に声をかけてこないのも普通だと思っていたし、不満も無かった。 むしろ、二人だけの秘密の関係ようで優越感すら感じていた。 彩斗は無造作に置かれている、既に完成している標本を手に取り、アクリル絵の具やマニキュアで彩飾を施していく。 ドット柄のカブトムシ グラデーションのクワガタ ツートンカラーのコガネムシ 彩斗は昆虫に色を乗せるのが好きだった。 小さなローテーブルを挟んで 笑って命を奪う拓也と 笑って死骸を蹂躙する彩斗。 インモラルではあるが、 裁かれることもない遊びを 二人はデスクのライトだけが付いたほの暗い部屋の中で楽しんでいた。 ふと、彩斗は壁に飾られている物に気が付いた。 「拓也、あれなに?」 「……ああ、カラスアゲハの標本だよ」 「珍しい。殺すばっかりでその後は見向きもしないお前が、標本を飾るなんて……」 「キレイだろ?なんか、彩斗に似てない?」 「え?そう?」 「ああ、キレイだ……」 「……俺に似てる……か……」 「……あ、いや……」 彩斗はずっと聞きたかったことを口にする。 「……ねえ、何で俺と仲良くしてくれるの?」 「……」 「何で俺にだけ、その趣味見せてくれるの?」 「……」 「……もしかして、俺のこと、好きなの?」 最後の質問は、居たたまれなくなって茶化すための質問だったが、それすら沈黙で返されて、彩斗はいよいよ困惑し出す。 おい冗談だから突っ込めよ、と言おうとした時、ようやく拓也が口を開いた。 「……彩斗、悪いけど後ろの棚から虫ピン取ってくれない?その赤い箱」 「あ、ああ……」 拓也が言葉を発したことに安堵しつつ背を向けると、後ろから腰を力強く抱きすくめられ、口元に布が押し付けられる。 エーテルの臭いと共に目眩がし、膝がガクッと折れた。 「うっ!?……くっ……」 朦朧として動けない彩斗を、拓也はベッドの上に恭しく横たえ、タオルで彩斗の両手をベッドヘッドのパイプに縛り付けた。 標本を作るときみたいに優しい手付きだった。 「……な……に、すん、だよ……」 「……俺の気も、知らないで……」 彩斗は“それ、俺のセリフ”と軽口を叩く余裕も無かった。 それはエーテルのせいではなく、拓也が今にも泣きそうな顔をしていたからだ。

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