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拓也は幼い頃、あやちゃんが大好きだった。 あやちゃんは幼稚園の中でも少し変わった子で、 物凄い雷雨で皆が怯える中「雷を見るの!」と言って、空色の傘をさして外に飛び出したり、 カンカンに晴れた日に黄色の長靴を嬉しそうに履いてくるような子だった。 動物の塗り絵をすれば ゾウはピンク、 キリンはライムグリーン、 ウサギはブルー、 ライオンをルージュに彩る。 周囲から「あやちゃんの絵、変な色ー」と揶揄されても 「でも、こんな動物がいたら、きっと可愛いよ」とキラキラと笑ってみせた。 好きな絵を描きましょうと言われれば 女の子はリボンや人、可愛い家や花、 男の子はザリガニや車、戦隊ヒーローを描く中で、 あやちゃんは自宅から古いパソコンのプリント基板を持ってきて、ひたすらスケッチをしていた。 金、銀、黒。 緑、緑、緑。 クレヨンでその精密さを再現できるはずも無く、決して上手とは言えないそれ。 しかし、額に汗を浮かべて一生懸命に描く姿が素敵で、拓也は勇気を出して 「迷路みたいだね」 と声を掛けた。 あやちゃんはパッと表情を明るくして 「真上から見た街並みみたいだと思っていたけど、うん、迷路にも見えるね。 大発見だ!たくちゃんすごい!」 と言い、ニィッと笑った。 なんて自由な子なんだろう。 その頃には、拓也はあやちゃんに夢中になっていた。 あやちゃんは変な子だったけれど人気者だった。 ビビッドな色合いの服を好んで着ていて、 その奇抜さに負けないくらい綺麗な顔をした子だったから嫌でも周囲の目を惹いた。 あやちゃんは綺麗だと感じるアンテナがとても敏感で、 自然の風景も、他人の持ち物も「キレイ!」と素直に賞賛するものだから 男の子も女の子も、みんなあやちゃんに褒めてもらいたくて 色々な物を披露したがった。 見て、あやちゃん。新しいカチューシャ 「キレイ!かわいい!色が素敵、よく似合ってる!」 さっき拾った石、綺麗でしょ? 「すごい!太陽に当てるとキラキラする!ダイヤモンドだ!」 ピカピカの泥ダンゴできた。あやちゃん、ほら! 「ツルツルのまんまるで惑星みたい!どこの土なの?」 見て 見て あやちゃん ほら、見て、褒めて 拓也もあやちゃんの関心を引きたかったが、なかなか良い物が見つけられないまま、日々が過ぎていった。 ある暑い日に、大きなカブトムシを拾った。 あまりの大きさに、女の子達は怖がって遠巻きに見ていただけだったが、 あやちゃんはストンと拓也の横に腰を下ろして、興味深そうにカブトムシを見てきた。 「このカブトムシ、たくちゃんが見つけたの?すごいねぇ大きいねぇ!」 良い匂いのするあやちゃんにドキドキしながら「触る?」と聞くと、 「うんっ」と嬉しそうに頷いた。 人差し指でそっと背を撫で、角を撫で、四肢を撫で……。 その白い指先が妙にエロティックで、鮮明に脳裏に焼きついた。 すべすべしてるね。 うん。 足の先っちょ、かわいい。 羽は……これ? つまんでみて 中にまた羽があるよ 広げてみよう ……大きい羽だね 透けていてキレイ 羽の下はどうなってるかな あ 取れちゃった…… あ、足も千切れた 生きてる? 拾ったときから動いてない 最初から死んでたのかな? ……どうだろ ……うふふふふっ ……あはは あのね 何? 虫って、不思議でキレイで好きっ 千切れた足を指先でくるくると回しながら、あやちゃんは楽しそうに笑った。 暑さで頭がぼんやりして、あやちゃんがキラキラしていて、 なんだか堪らなくなって、気付いた時には唇を重ねていた。 柔らかくて、汗の味がした。 顔を離すと、あやちゃんは大きな目をぱちぱちとさせて驚いていた。 『あ、やっちゃった』 拓也は突然恥ずかしくなって、その場から逃げ出した。 それから、なんだか気まずくてあやちゃんを避けているうちに拓也は小学生になった。 小学校にはあやちゃんは居なくて、 中学校にもあやちゃんは居なかった。 そして高校生になり、 あやちゃんは“長谷川彩斗”として拓也の前に現れた。 拓也の中で幼い頃の淡い思い出が蘇る。 再会が嬉しくて、真っ先に彩斗に声を掛けようと近付いた。 その瞬間に思考が働く 『同性にキスをされたなんて、彼にとって思い出したくもない記憶なのでは? そもそも、俺の事なんて覚えていないんじゃないか?』 拓也は迷った末に、始めましての体で話し掛けた。 「よお、どこ中?俺、南中の上條。拓也って呼んで」 「拓也、ね。俺は西中。長谷川彩斗、よろしくー」 本当は拓也ではなく“たくちゃん”と呼んで欲しかった。 本当はよろしくではなく“久しぶり”と言って欲しかった。

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