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初恋の“あやちゃん”が男だと分かっても、拓也の思いは止まらなかった。 ビスクドールのような小さな頭と長い手足、モードマッシュにシャープなフェイスラインがよく映えていて、ビビッドな色合いの服ばかり着ている。 この片田舎で彩斗のその風貌はあまりに奇抜で、誰もが遠巻きに眺めるだけだった。 授業中も休み時間も夢中で絵を描いている彩斗だが、実は話せば意外にも陽気な性格なので、直ぐに友人が出来て、恋人ができて……という未来が、拓也には容易に想像できた。 不安に駈られた拓也は、とんでもなく利己的な思考になっていく。 『俺の彩斗が取られてしまう。 ……そうだ、彩斗が孤立すればいいんだ!』 拓也は今まで恥ずかしがり屋で物静かな素朴な少年だったが、見た目、話し方、全てを変えて、教室のヒエラルキーの頂点の座を手にし、その影響力で彩斗の回りの交友関係を操った。 彩斗とフィーリングが合いそうな男子と先に仲良くなり、彩斗に目をつけている女子をこちらに夢中にさせる。 彩斗は一人で絵を描くのが好きで、邪魔をされるのが嫌いな芸術肌の人間だから、皆で静かに応援しましょう、という空気を巧妙に創り出していった。 もちろん、そんな中で拓也自身も彩斗と関わりを持つのは不自然なので、彩斗を遠くから眺めることしか叶わなくなったが、誰かに取られるよりマシだった。 しかしその影響力も教室の外には及ばず部活や委員会で交友関係を広げる彩斗に手をこまねいていた時、彩斗が昆虫の絵を好んで描いていることに気が付いた。 『虫を捕まえれば、昔みたいに喜んでくれるかもしれない』 そうして林に出掛けた際、彩斗にばったりと出合い、秘密の関係が始まったのだ。 「あれ?拓也、こんな所で何してんの?」 「や、あの虫取りに……」 「まじで!?俺も俺も!本当は標本が欲しいんだけど、高いから……」 「そう…………あ、俺、標本作りが趣味なんだ。作ったら彩斗にやるよ」 「え!本当!?あー嬉しいなぁ!虫に色を塗ってみたかったんだよね!じゃあさ、採集は俺も手伝うよ。約束な」 嘘だった。 拓也は昆虫標本なんて作ったことが無かったが、彩斗が求めているというだけで作る意欲が沸いてきた。 そして 『今夜やろうぜ』 それが逢瀬の合図になった。 『虫を殺せば、彩斗が見てくれる』 そんな危険な思考に囚われ、殺して、殺して、殺しまくった。 拓也は、この恋心が露呈するのが怖かった。 男に執着されているなんて気付かれたら、彩斗は俺から離れていってしまうかもしれない。 利害が一致して共にいる夏の夜限定の友達……今の関係で充分だ。 そう自分に言い聞かせていたのに。 彩斗はお構い無しに拓也の心を掻き乱す。 「……ねえ、何で俺と仲良くしてくれるの?」 彩斗を誰かに取られたくないから 「何で俺にだけ、その趣味見せてくれるの?」 彩斗に喜んでほしいから 「……もしかして、俺のこと、好きなの?」 そう、彩斗のことが大好きだ。 ずっとずっと大好きだった。 頭がおかしくなってしまうくらいに。 虫を殺すのも、 人を殴るのも、 人を欺くのも、 自分を偽るのも厭わないくらいに。 大好きだからこそ 嫌われたくなくて思いに蓋をしていたのに……俺の気も知らないで。 俺の元から離れたら、お前は誰のものになるの? 『ああそうだ、その前にピンで固定しないと』 思考より先に体が動き、布にエーテルを染み込ませていた。

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