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第五夜
結婚の連絡を聞いた夜から、十日が経過した。
僕はまだ、この思いを諦めきれずにいる。
今夜も、兄さんは絵を描くために離れにやってきた。
一区切りついたというから、麦茶とアイスを用意して縁側に並んで座って一休み。
「夏はこれだよなあ~、っと」
兄さんが細長いアイスの両端を持って、ぽきっと二つに割った、その片方をくれる。
僕に分け与えることが当然のことだと思っている。こういうところが好きだ。
「今日の墓参りはどうだった?」
どう答えていいか分からず、僕は口をつぐんだ。飛び回る蛍の光に勇気づけられて、徐ろに口を開く。
「行ってきたよ。今日は向日葵を持って行ったんだ。まあ、明日には萎れてるだろうけど」
「……そう」
毎年夏になると、命日とお盆が過ぎるまで、毎日母と弟に会いに行く。二人はお盆の直前に亡くなったから、あと、数日で命日がやってくる。一年で最も憂鬱な日だ。兄さんと一緒でなければ、とっくに投げ出していたと思う。
「まだ六年かあ……子供だったお前がこんなに大きくなって、きっとあっちで喜んでるだろうな」
「……うーん、どうかな」
“お前が死ねばよかったのに。”
静かに涙しながら呟いた父の姿が、脳裏にフラッシュバックする。
「知ってるか? 蛍ってさ、死んだ人の魂なんだってさ」
「何それ。生まれ変わってるってこと?」
「うーん、詳しくは知らないけど……でも、蛍って悪いこと何もしないだろ。綺麗なだけで。見守ってくれてるのかもな、って思うんだ」
ああ、そうか。兄さんは自分のことを話しているんだ。この蛍の中に、両親がいて自分を心配しているんじゃないか、って。
「兄さんの両親も、きっと兄さんを見てるよ」
「……気持ちわる。とっとと成仏しろよ」
「え?」
何か言った気がして兄さんの横顔を見やる。
穏やかだった。ああ、かっこいいなあ、と思う。意味もなく顔がほてっていた。
今、背筋を走った違和感はなんだろう。
僕は、見て見ぬふりをした。
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