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「訪問」9
「うっ……なんでキスなんだよ。手で口を塞げば済むのに……」
僕は羞恥心から弱々しく抗議する。嫌悪感もなかったし、正直言って少しだけ反応してしまっていた。経験が少ないし、こういう事に不慣れなせいだ……自分に言い聞かせるも、神近くんの目を直視出来ない。
「手で口塞いだところで、先輩は暴れそうなんで。それにこの間、素直に受け入れてたじゃないですか」
「あの時はそれどころじゃなかったんだ! それに、あれも除霊の一貫かと思ってたし……」
拗ねたように僕は俯く。
「やっぱり先輩って……面白いですね」
神近くんにしては珍しい穏やかな口調で呟くと、長く靭やかな指が僕の頬に触れる。僕が驚いて顔を上げると、神近くんがハッとしたように手を引いた。一瞬だけ苦しそうに顔を歪め、そっぽを向いてしまう。
「……ところで、お姉さんにはちゃんと彼氏と別れるように言ったんですか?」
神近くんが、不機嫌そうに口を開く。
「言ったんだけど……聞く耳持ってくれなくて……」
神近くんに言われた通り、姉が帰ってきてからすぐさま僕は訴えたのだ。僕の必死な訴えは姉には届くことはなく、別段興味なさそうに「あ、そう」で終わらせられた。
どんなに僕が「また取り憑かれるかもよ」と言っても、姉は鬱陶しがるだけでまるで野良犬でも追い払うように、しっしっと言って手の甲向けて振った。姉は頑固だし、これ以上は僕の手には負えない。
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