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「虚像」9
普段の運動不足のせいか、僕は途中からどんどん呼吸が荒くなっていく。足取りも重く、背中に流れる汗が鬱陶しかった。対照的に神近くんは額に汗は浮かべていても、呼気を乱すまではなっていない。
「神近くん……体力あるね」
「先輩が運動不足なだけです」
そう言って神近くんは黙々と、階段を上っていく。僕はそれに必死についていくのがやっとだった。
石階段が無くなり、土の道に変わる。風に揺れる木々の騒めき。四方八方から聞こえてくる蝉の声。土っぽい湿った匂い。都内では味わえない光景に、僕は少しだけ気持ちが浮き立つ。
平らな道なき道を神近くんの後に続き進んでいくと、なだらかな川が山の上の方から流れていた。涼しい水の匂いと、煌めく水面。テレビでは見た事があっても、実際にこうして目にすると五感が刺激されて気持ちがいい。
「凄いね。山を流れる川って、こんなに透明で綺麗なんだね」
「飲んでも大丈夫ですよ」
「本当に?」
神近くんがしゃがみ込んで水面に両手を沈めると、水を掬い上げた。口元に運び、喉を上下させて飲み下していく。僕も隣にしゃがみ込むと、手を水の中に沈めた。
「思っていたよりも冷たい」
水道水より断然冷たく、口にするとほんのり土っぽい味がした。それでも美味しいと感じてしまうのは、山の恵みだと感じているからかもしれない。
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