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「虚像」16

「大丈夫。歩いて行くから」 「そうか……遠慮することないのに」  そう言ってお兄さんは残念そうな表情で踵を返した。結局僕は一言も発することが出来ず、ただ固唾を飲んで二人を見つめるだけになっていた。 「行きますか」  神近くんは特に表情を変えることなく、僕を促してくる。僕は少しだけ疑問を感じた。僕の話を聞いた神近くんは、お兄さんに対してもっと突っかかったりするかと思っていたのだ。 「何で先輩が、浮かない顔してるんですか?」  玄関で靴を履きながら、神近くんが怪訝そうな表情で聞いてくる。 「神近くん、来た時は機嫌悪そうに受け答えしてたのに、さっきは普通だったでしょ……僕の話を聞いて余計に、関係が悪化するんじゃないかと思ってたから……」  僕はそう言いつつ外に出ると、ちょうどお兄さんも車を出すところだった。  お兄さんはこちらに気づき、小さくクラクションを鳴らすと僕たちに片手を上げてきた。僕も返すように会釈すると、お兄さんは微笑んだ。スムーズなハンドルさばきで道路に出ると、走り去っていく。 「お兄さん。凄く愛想もいいし、優しいのに……なんで神近くんを信じてあげないのかな……」  誰がどう見てもお兄さんの事を悪く思える人はいないだろう。僕だって、うっかり信じそうになってしまったのだから。でも僕の場合は、神近くんと数々の不思議な現象を体験していて、さすがに嘘で通しぬける域を越えていた。それに神近くんが、僕に多くの嘘を重ねるメリットが思いつかない。 

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