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第3話
商店街を抜け、町の中央を分断する川にかかる橋を渡る。山すそまでたどり着くと、
「俺、この山でうっかり死んじゃったんだ」
幸司は困ったように笑い、頂上に向かって指を差した。幽霊のくせに、首元に汗が浮かんでいる。
「ここだってのは知ってる。こんな低い山でなんでって、誰かが言ってた」
「たまたまだったんだよ。鎖を繋いでる金属の杭が腐食してて、斜面に落ちたんだ。夜じゃなくて、昼に登れば気付けたかな。しくった」
「なんで、今さら登ろうと思ったの? 俺、小学校の時の遠足で登ったきりだよ」
「今さ、母校の小学校で先生やってんだけど……受け持ちの児童に、“山の上で見る星空と、海の上で見る星空、どっちのほうが綺麗に見えるんですか?”って聞かれたの。そりゃ大学の登山サークルで何度も高い山に登ってえげつないほど綺麗な星空を見てるし、即座に山!って言いたいとこだけど、海上では見たことないから、断言するのは違うかな〜って。そんでこの間、海に行って星を見てきた。でも海岸じゃ町の明かりが届いてるだろ。人里離れた山とくらべたらフェアじゃない気がして、この山に登ることにしたんだ。結局見れずに終わっちまったけど」
幸司は昔から、何事にも一生懸命だった。行事で無駄に熱くなるところは少しだけ面倒くさかったけど、そこまで情熱を持てることが羨ましくもあった。子供と真剣に接しているところは、なんだか幸司らしいと笑ってしまう。
「だから、夜登ろうとしたのか。星見るにしても、夕方登って朝降りればよかったのに」
「あっ、そうか。なんで気付かなかったんだろう」
幸司は頭をぐしゃりとかいてしゃがみ込んだ。一歩間違うと暑苦しくて嫌われそうなのに、周りに好かれているのは、こういう抜けたところがあるからかもしれない。
「……で、今度こそ、てっぺんまで登りたいの?」
幸司に問いかける。一人で登ればいいのに、という言葉は飲み込んだ。俺を誘うということは、きっと一人で登れない事情があるんだろう。まさか、理由もなく連れてきたなんてアホなことは言うまい。
「そう、ちゃんと頂上まで登りたい。だって、坊さんの言ってることはさっぱりわからないし、明日の葬式で似たようなお経聞かされても、成仏できる気、全然しないもん。心残りっていったら、子供との約束が叶えられないことだけ」
「こんなに軽装備じゃ、俺まで幽霊にならない?」
俺は運動に不向きなフラットスニーカーを見下ろした。クッション性皆無のただのオシャレ靴だ。
「本当はよくないけど……ほとんど整備されてるから、俺みたいにうっかりしなきゃ死にはしないよ。足首だけ捻んないように気をつけて」
気を取り直して立ち上がった幸司に急かされ、神社の脇から山に足を踏み入れた。
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