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第5話

 足元を確認しながら登っていたせいもあり、本来なら一時間半ほどで登れる山を二時間と少しかけて登った。半径一メートルほどが照らされているだけで、辺りは真っ暗闇だ。一歩間違えたら、自分の名前まで明日のニュースで流れそうでぞっとする。  幸司が感触のない手で俺の肩をポンと叩いた。 「大丈夫だよ。俺死んだの、最後の鎖場のとこだから。よかったよかった。滑落したのが、未来ある小学生じゃなくて」  どの辺がよかったのかまったくわからないが、死んだ本人がよかったと笑うのならばよかったのだろう。強がっている風には見えない。 「さて」  幸司は決意したように、表情を引き締めた。ひらけた場所まで行き、そっと目をつぶる。寝転ぶ幸司のとなりに、俺も目をつぶって寝そべった。  山の上で見る星空と、海の上で見る星空。どちらのほうが綺麗なのか答えがでたら、幸司は成仏するのだろう。 「大海原の上と、3000メートル級の山との比較じゃなくて申し訳ないけど、海岸と地元の山なら、子供たちも自分の目で確認できるよな。答えを教えてあげられなくてむしろよかったのかもしれない。いつか自分の目で確認してくれたら、いい経験になると思う」  少しだけ湿った声が聞こえて、うっかり目を開けそうになる。なんだか一緒になってしんみりすると自分まで泣きそうだったので、つとめて明るい声で言った。 「この山、子供たちが登る機会あるのかな。人が死ぬような事故があったら、避けるんじゃない?」 「あー……そうか。俺が死んだ時のこと想像しちゃうもんな。来年から春の遠足、場所が変わるかも。みんなに悪いことしちゃったな」  じゃあ、開けるぞ。幸司の声と共にまぶたを開く。  新月の闇の中、燦々と星が輝いていた。麓の明かりはここまで影響を及ぼさないらしい。空一面の星に、涙がつっと流れた。涙で滲むと、より一層星空が幻想的に見える。  いや、待て。よく考えてみろ。感動してる場合じゃない。今ここで幸司に成仏されたら、一人で下山しなきゃいけないじゃないか。朝になって下りるとしても、それまでの間、一人でいなければならない。  涙をふきながら慌ててとなりを見ると、幸司はさして感慨深そうでもなく、ただゴロンと横になっていた。消えてなくて、ひとまず安心する。 「答えはわかった。というか、ある程度予想はできてた。海は湿気が多いから、水蒸気のせいで星が霞むんだよ。星を観るのに適してるのは山の上。観測所だって、山にあるだろ」 「なんだ。答え、わかってたのか」 「うん。でも、一応確認しとかないとさ」 「しっかし、成仏する気配ないね。成仏されても困るからいいけど。一人でこんなとこに残されても困る。怖くて発狂するよ」 「幽霊と一緒のほうが安心するなんて変なの」  幸司はまた、ケラケラと笑った。

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