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第5話
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桜が……きれいに咲いている……今頃、桜…?
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ぼうっと研究室の窓から中庭を見ていると、ひとりの学生がきょろきょろと行ったり来たりしている。
見かけない顔だから、新入生かもしれない。
───迷ってんのか?
何やら慌てた素振りをしているから、きっとそうなのだろう。
どうせ、今から出るはずだった講義が休講になって、暇をもて余しているところだ。
やれやれと腰を上げた。
『───おい』
声をかけると迷子の学生がこちらを向いた。
眼鏡の奥に少し、涙をためている。
『新入生か?』
『………はい』
『で、もしかして迷子になってんのか?』
『………はい』
なんだかびくびくしていて、小動物みたいだ。とって食おうというわけではないんだが……
まあ、一人で道に迷ってるから、不安なんだろ。
『講義室が分からないんです……』
『何て名前の部屋だ?』
『えーと、2号棟第2中講義室…?』
『………ん?そんな部屋、あったか?何て講義に出るんだ?』
『………シェークスピアと英文学史…です』
『シェークスピア?………それ、文学部の講義じゃねーか!ここ、理学部だぞ!?見つかるわけないって!』
新入生は、ますます泣きそうな顔になって小さくなる。
なんだかいじめちまった気分で、こっちも居心地が悪くなる。
『あー……悪い悪い、言い過ぎたわ。よし、文学部まで、俺が連れてってやるよ』
『───え?でも……』
『いいよ、どうせ暇だし。ほら、行くぞ』
そういってうながすと、さっきの泣き顔が嘘のように笑顔になった。
───これが、あいつとの出会いだった。
次の週もその講義は休講だった……この教授は本当にやる気はあるのか?
いつかのように、ぼんやりと窓の外を見る。
……あいつ、ちゃんと場所、覚えたかな。
名前すら聞かなかった、他学部の学生。きっともう二度と会うことはないんだろうな……
そんな当たり前のことに、何故かもやもやする……すっきりしないこの気分は、一体なんだろうか。
あー、どっかのベンチで昼寝でもするか……
重い腰をあげたそのとき。
『………あれ?』
いつかと同じようにきょろきょろと行ったり来たりしている学生が一人。
───あいつ、また迷ってるのかよ!
気づけば教室を飛び出していた。
『───おい!』
後ろから声をかけると、小さな背中がびくりと揺れる。
そろそろと振り返って……俺と目があったとたん……
『────!』
……こちらが驚くくらい、ぱあっと笑顔があふれた。
その表情に目を奪われ、言葉を失ってしまったが、はっと我にかえる。
『───お前、また迷ってんのか?もう、講義はじまってるぞ』
『……え…いや、今日は……』
ごにょごにょと何か言ってるが、そんな暇はない。2週続けて遅刻はさすがに単位にひびくだろう。
新入生の腕を掴むと、文学部のある方へ引っ張る。
『ほら、いくぞ!』
急いで連れていこうとしたのだが、そいつは俺の手を逆に引っ張って、自分のもとへと引き戻した。
『───待って!あの、違うんです!』
『…………は?』
『………今日、休講なんです。だから、迷子じゃないんです』
───休講?……なら……
『……何でこんなところにいるんだよ』
迷ったわけでもない。ここで講義を受けるわけでもない。なら、ここに来るのはおかしいだろう?
『………あのー……』
そいつはしばらくためらったあと……
『………あなたに会いたかったんです!』
顔を真っ赤にしながら言った。
『───俺に?会いたかった?何で?』
『何でって……その……あれ……お礼です。お礼がしたくて……』
『んなの、別にいいよ。どうせ暇だっただけだし』
お礼を言われることでも、してもらうことでもないし。
きっぱりと断ったつもりだったのだが……うっ!と、声が出せなくなる。
───涙目になって、見るからにぺこっとへこんでしまっていたからだ。
『───あー!わかったよ!じゃあ、学食でなんかおごれよ。それでいいだろ!?』
『あ――はい!』
さっきの落ち込み具合が嘘のように明るい声で返事をすると、またにっこりと笑顔を見せた。
何だかこいつといると、調子が狂うというか……ペースに乗せられてしまうようだ。
一緒に学食に向かいながら、そういえば……と尋ねてみる。
『お前、名前なんていうの?そういや、聞いてなかったわ』
『内村です。内村葵。文学部の1年生です。──あの、先輩は?』
『俺は田中雅行。理学部の4年だ。よろしくな』
───これが、俺とあいつの始まりだった。
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