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第9話
「おじゃまします」
そう言って部屋の中に入った葵は、しばらくきょろきょろと辺りを見回すと「前と全然変わらないね」と嬉しそうに笑って、キッチンで荷物を出し始めた。
レジ袋の中からは、スポーツドリンクにゼリーにプリン、熱さまし用の冷却シート……と、次々に取り出されていく。
「ねえ、何か食べたの?」
こちらを振り返って尋ねる。
葵の動きに気を取られていた俺は、いきなり話しかけられて一瞬たじろぐ。
「……あ、……ああ……食べたよ」
そんな俺をじーっと見つめると、「それ、嘘でしょ」とあっさり見破ってくれる。
「こういうとき、絶対面倒に思って食べてないはず。薬だけ飲んだでしょ?」
───正解。
2年も会っていなかったのに、何でこんなに俺のことが分かるんだ?
「お粥、作るから待ってて」
2年間何一つ部屋をいじっていなかったおかげか、久しぶりに来たのに葵の動きもスムーズで。
シンクの下から小さな鍋を取り出すと、洗ってガスレンジにのせた。
………お粥かあ。
お粥って苦手なんだよな……味気ないし……いかにも病人って感じがするし……
「……あんまり好きじゃないかもしれないけど、我慢してね。……顔色悪いから、胃にやさしいものがいいから」
葵は俺のほうを見ると、困った顔でそう言った。
「それから、熱、ちゃんと測り直して。きっと上がってると思うよ」
棚をごそごそと漁ると体温計を取り出して手渡し、おまけに冷却シートを俺の額に貼って嬉しそうに笑った。
「これ貼ると、何だか子どもみたいだね」
………こんなことでにこにこしてるお前のほうが、十分子どもだよ。
とはもちろん言わず、おとなしくベッドに戻る。
毛布にくるまってから体温計を脇に挟むと、目を閉じる。
何も見えなくなると耳から入ってくる音に敏感になるようだ。
カチャカチャという食器の音。
ガサガサというビニール袋の音。
シンクの水の音。
誰かがそばにいてくれるということがこんなにも心を落ち着かせるなんて、すっかり忘れていた……
───気づけばまた、眠りに落ちていた。
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