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第16話

16 ───熱い。 体中のいたるところから汗がふきでているような気がする。 べたべたして気持ちが悪い……着替えたいが、体がしんどい…… 熱い……熱い…… 熱い……熱い……熱い…… ───ひやっとした何かが頬に触れた。 それは右頬から左頬をなで、額を触り、首筋にあてられた。 「……………うー……んっ……ん?…」 気持ちのよい冷たさに少し意識がはっきりして、重い瞼をもちあげると…… 「───あ、ごめんね。目、覚めちゃった?」 タオルを俺の体にあてていたのは、帰ったはずの葵だった。 「──────帰っ、たんじゃ……?」 寝起きのかすれた声で尋ねる俺に、困ったような笑みを浮かべると…… 「おいて帰ったりしないよ……心配だったから、勝手に泊まっちゃった。ごめんね」 そう言うと葵は、洗面器にタオルを浸すとぎゅっと絞った。 洗面器の中ではねる水音と、男にしてはすんなりと細い葵の指を伝う滴が現実には思えなくて、夢の続きを見ている気がする。 「汗かいてるから着替えない?手伝うから」 葵はだるくて力の入らない俺の体をおこす手伝いをすると、ベッドの下の収納ケースから新しいスウェットを取り出した。 そのままベッドに膝をのせると着ている服を脱がせ、絞ったタオルを背中にあてた。 汗ばんだ体をふくタオルの感触よりも、そっと背中に添えられている葵の左手の感触に意識がいく。 こんなことにドキドキしているのは俺だけなんだろうか。 居心地が悪くなってきて、また余計なことを言ってしまう。 「───こんなとこに来て……泊まって……恋人が嫉妬するんじゃないか?」 さぐりを入れるような一言。 自分が傷つかないようにしながら、今の葵のことを聞き出そうとする卑怯な一言。 ……葵のタオルをもった手が、ぴたりと止まった。 「……恋人なんていないよ」 その返事は、俺の気持ちを浮足立たせた。 それならまだ、やり直すチャンスはゼロではないということか? ───しかし。 次の言葉で現実の厳しさを思い知らされた。 「でも、気になる人はいるよ……もう少しで振り向いてもらえるかもしれないんだ」 背中をふき終わった葵は、前に回って俺の胸元をふく。 正面で向かい合ったその顔が、少し照れたようにほんのり赤くなっているのを見て、会ったこともない葵の想い人の存在を、まざまざと見せつけられた。 もう、こいつの心の中に、俺への感情は残されていないんだな…… 「……そうか。うまくいくといいな」 そんなセリフを言ったのは、意気地なしだったダメな男の、どうしようもない見栄だった。

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