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第17話

「37度6分……熱、下がってきたね」 体温計のデジタル表示を確認した葵は嬉しそうに笑って言った。 うなされながら寝ていたしんどい夜をなんとか乗り越え、朝には少し気分がよくなってきた。 少しせきが出るようになってきたが、風邪の症状に過ぎない。 「じゃあさ、そろそろお粥以外のもの、食べてもいいか?」 作ったお粥をコタツのテーブルの上に運んでくれているところに申し訳ないが、やっぱり味気なくて苦手だ。 葵はくすりと笑って「子どもみたい」とつぶやいた。 ……子どもと思われてもいいさ。苦手なのは、しかたない。 「しかたないなあ。お昼はうどんにしようか」 「やった!じゃあ、肉うどんにしてよ」 ちょっと調子に乗って言うと、「ダーメ!」と言って、頬を膨らませた。 そのしぐさがかわいらしくてドキドキするが、浮かれてはいけない。 ───もう二度と、手の届かない相手だ。勘違いするな。 のそのそとコタツに移動し、器の横に置かれたレンゲを手に取って粥を食べ始める。 葵は「お昼はうどん」と言った。 ……ということは、少なくとも昼を食べるまでは、ここにいてくれるということだ。 ただそれだけのことに、何だかとても安心した。 朝食のあと、葵はシーツを交換するとたまっていた洗濯物と一緒に洗ってくれた。 冬とはいえ日が差すベランダはぽかぽかするようで、窓越しに見える葵は気持ちよさそうに目を細めていた。 俺も手伝おうとしたが、「病人は無理をしません!」と断られ、しかたなくベッドに転がった。 洗濯が終わってベランダからもどると、今度は部屋を片付け始める。 「……そういえばお前、今日、仕事は?」 「今日はたまたま休みだよ。タイミングが良くてラッキーだったね」 「……そうか」 葵は卒業後、書店の正社員として働き始めた。 俺の会社は土日はきっちり休みだが、葵はシフト次第で休みが変わる。休日より平日に休みがあることのほうが多かった。 そんなところからもすれ違ってしまった気がするが、今日はその平日休みのおかげで一緒にいられるんだから皮肉なものだ。 今日このあと、葵が帰ったら……また会えなくなるんだろうな。 眼鏡で隠れてはいるが顔だって整った顔をしているし、ちょっとぼんやりしてるところもあるが優しい穏やかな性格だし、かいがいしいところもあるし…… きっと昨日言っていた『気になる人』だって、葵の気持ちに気づけば振り向いてくれるだろう。 俺じゃない、ほかの誰かと幸せになる姿を想像するのは……苦しい。 でもこれは、2年間も何もしてこなかった俺が自分で蒔いた種だ。 ……大体、新しい恋人ができた葵と再会すること自体、ないのだろうな…… 昼になって、約束通り作ってくれたうどんを、二人向かい合って食べる。 湯気で眼鏡が曇ってあたふたとする葵の姿に大笑いした。 ………笑いながら少し涙がにじんだことは、秘密にしておいた。

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