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第20話
「──────で?」
「──────で?」
「だから、そのあとは?」
「………そのあとなんてない。これで終わりだ」
「はあ!?ずっと付き合ってて、ずっと好きだったんだろ!?何でそんな簡単にあきらめるんだよ!」
「……………」
残念ながら言い返す言葉もなく、俺はうっと黙ってしまった。
風邪がだいぶ良くなって、出勤すると早々に、長谷川はにやにやしながら俺のところに来た。
……葵のことを訊くためだ。
この男は本当によく俺のことを分かっている。俺と葵の様子を見ただけで、俺たちがただの先輩後輩の関係ではないことを見抜いていた。
まあ、こいつも俺にカミングアウトしたことだし、俺も誰かに話をしなければ地の底まで落ちてしまいそうだったので、昼の休憩でこれまでのことを打ち明けたのだが……この反応だ。
「お前まさか、このまま二度と会わないつもりじゃないよな?」
「………もちろん、もう会わない」
「何で!?今すぐにでも会いに行って、ちゃんと自分の気持ちを伝えろよ!」
「伝えたところでどうにもならないよ。あいつにはもう、好きなやつがいるんだから……」
あの「気になる人」とうまくいっているかは分からないが、きっとうまくいくに決まってる。
2年もほうっておいて、幸せにすることを怠った元恋人には、出る幕がない。
俺じゃあもう、あいつを幸せにすることはできないんだ。
「………田中。俺が悠希に振られて落ち込んでるときさ、お前ずっと俺に付き合って愚痴聞いてくれてただろ?」
「………ああ……」
「本当に感謝してるんだ。感謝してるけど……だけど、一つだけ間違ってたことがある」
「──────はぁ!?」
あれだけ、付き合ってやってたのに、間違ってただと!?
「お前ずっと、『恋人のことは忘れろ』『もっといいヤツが現れる』って言ってたけど、俺にとって悠希以外に『いいヤツ』なんていないんだ。忘れることなんてできなかった」
「……………」
「お前だってそうだろ?葵君以外にいないはずだ。2年も思い続けてきたんだから……このままじゃ、お前自身が前に進むどころか一歩も動けなくなるぞ。だったらいっそ、当たって砕けて来いよ!」
『当たって砕ける』なんて……どの口が言ってくれる。自分のことを棚にあげて……
「───簡単に言うな。お前だって…動けなかったくせに…」
「……………」
「……………」
「……ああ、動けなかったよ……悠希が俺をあきらめずにいてくれたから、俺は大事なものを失わずに済んだ……俺はただ、運が良かっただけで、何かをしたわけじゃない」
「……………」
「だからこそ……お前には後悔してほしくない……俺みたいに身動きとれなくなってほしくないんだ」
励ましているくせに、長谷川は辛そうな表情をしている。
俺に話しながら、自分の身に起こったこの1か月の出来事を思い出しているのかもしれない。
「………俺、もうすでに2年も、身動きとれてないんだけど……?」
「でも、メール送ったんだろ?送信はたまたまでも、文章を作ったのはお前だろ?」
「……それは…まあ…そうだ……」
「じゃあ、たまたまかけ間違えて電話しろ。たまたま通りかかって会いに行け。まだ今は『気になる人』なんだろ?『好きな人』とは言わなかったんだろ?」
「それは……確かに、言わなかったな」
「当たって砕けたら、今度は俺が飲みに付き合うよ。お前がめちゃくちゃ飲んで駄目になるまで付き合う。だから砕けて来いよ、な?」
「……………」
「……………」
「……わかった。会いに行くよ……」
長谷川の説得に折れたわけじゃない……折れたわけじゃないが……葵に会いに行く。
一緒にいた二日間、結局俺は自分の気持ちを素直に伝えなかった。それがやっぱり、心残りだったから……
「───もう一度振られたら、おごれよ」
そう言うと、長谷川は「まかせとけ」と言ってにやりと笑った。
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