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第29話
『まだ、俺のそばにいてもいい』
そんなこと、一度だって考えたことなかった。
むしろ、一生このまま隣にいてくれるものだ、と思ってたくらいだ……何でそんな誤解をしたんだ?
「───ちょっと待て。俺はそんなつもりで連絡したことなんて…」
「うん、分かってる。これは僕が勝手に思っていたことだよ……でも、僕はそう思うことでしか安心できなかったから……」
───安心?
ますます意味が分からない……よほど怪訝な表情を浮かべていたのだろう。葵は苦笑すると、説明し始めた……
「───だって先輩……一度だって僕のこと、『好き』って言ってくれたことなかったでしょ?」
「………は?……え?……そんなことは……」
「言ってないよ。一度も言ったことがない。『好き』って言うのは、いつも僕だけ……」
……そんなはずは……そんなはずはないだろうと、必死に記憶をよみがえらせてみるが……何故か思い出せない。
───本当に、言ったことがないのか?
「どうしても親しくなりたくて会いに行ったのも、僕からだったし……初めてキスしたときも……セックスしたときも……先輩は酔ってたし……ただお酒に流されただけ、なんじゃないかって……」
………確かに、初めてのときは二回とも、酒を飲んでいた……でも、だから手を出したんじゃなくて、その……どうしても一歩が踏み出せなくて、つい酒の力を借りたというか……それは……誤解なんだけれど……
「───お前、ずっとそう思ってたのか?」
「だってね。『違う』って確信をもたせてくれる言葉は、あの頃一つももらえなかったから……」
そう言ってまた、葵は笑った。見ているだけで胸が締めつけられるような切ない笑顔で…
「だからメールや電話がくるたびに、会いに行ってもいいんだなって……まだ隣にいるのは僕でいいんだなって……そう考えるようになったら……安心して会えたんだ……だけど…」
「……そうやって連絡を待っているうちに、自分からはできなくなった……ってことか?」
「うん……そばにいていいってサインが欲しくて、連絡を待ってたら……自分から連絡をしてはいけないような気になってしまって……連絡がないなら会ってはいけないって……そう思えて……」
「そうして今に至る、ってわけ……」
だから2年も連絡できなかった、ってか。
相手が動くのを待ってるって、それ、俺と一緒じゃないか。お互いがお互いに連絡を待ってたなら…再会なんてできるはずがない。
───何て馬鹿なんだ、俺たち。
2年という長い時間を、お互いを想いながら、ただ無駄に過ごしていたんだ……
すごく馬鹿だったと……愚かだったと……今なら分かる。分かるからこそ。
「なあ、葵……俺たちもう一度、やり直せないか?」
今ならきっと、前よりずっと相手のことを思いやれる。不安になんかさせずに、幸せになれるって思うんだ。
だが……
「………無理だよ。やっぱり不安なのは変わらないんだ……好かれてるって自信がない……」
……断られてしまった。
下を向いて、ぐっと拳を握りしめているのは不安のあらわれか?我慢してるのか?
そのしぐさを見ているだけで、こちらまで苦しくなる。
本当にどうしょうもない男だな、俺……
俺はもう、葵を解放してやったほうがいいのかもしれない。それが、葵のためになるのかもしれないけれど……
でも。でもさ、もう俺はお前をあきらめたくはないんだよ。
「なあ……俺、何をしたらお前を安心させられる?」
「……………」
「お前のそばにいられるなら、俺、何でもできるよ。どうしたらやり直してくれる?」
「……………」
「………葵?」
「………って」
「何?何て言った?」
「……好きって、言って…」
「……言ったら、やり直してくれるか?」
ずっと下を向いていた葵は、顔を上げるとまっすぐこちらを見て、「うん」とうなずいた。
───その瞳にもう、迷いはなかった。
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