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夢見る 第1話
優しい手が僕の髪を撫でた。
「………葵…」
僕の名前を呼ぶ、少し低めの声。
女の子みたいで苦手なこの名前も……彼に呼ばれるときは特別な響きに変わる。
もっと呼んでほしい……
また、髪を撫でる。何度も…何度も…
どこか言葉が足りなくて、そっけないとこがあるけれど、僕に触れる手はいつだって優しい。
好きって言ってくれなくても……いいんだ。
お願い……もう少しだけ、そばにいて……
「─────先輩?」
気がつくと、目の前には自分の左腕とテーブルの木目。
慌てて体を起こすと、ずきずきと首が痛い……テーブルなんかで居眠りしたからだ。
こんなとこで居眠りしていても「バカだな、風邪ひくぞ!」なんて言いながら、優しく揺り起こしてくれる人はいない。
「───また、夢か……」
ぽつりと呟いた声が、ひとりぼっちの部屋に響いた。
夢でしか会えなくなってから、もう2年。
あきらめたほうがいいことは分かっているし、実際に他の人を好きになろうと考えたこともある。
言葉は荒いし、すぐに怒るし、「好き」なんて一度も言ってくれたことのなかった人だった。
そんな人のことをいつまでも思っていたって仕方がない……きっともっと素敵な人が、他にもいるはずだ……いつまでもこだわっていたら、幸せになんてなれない……
でも、そんなことを考えているときに限って決まって夢に現れ、僕の心をぐじゃぐじゃに乱してさらっていく………あの人はいつだって僕をつかんで離さない、ずるい人だ。
ああ、疲れてるのかな……いつもは居眠りなんてしないのに……今日は早番で、お客さんも多かったから……
シャワーでも浴びてすっきりしようかな。
椅子から立ち上がるとともに、ついくせでテーブルに置いていた携帯をチェックしてしまう……やっぱり今日も連絡はない。
───当たり前だ。
夢に出てくるのは、僕がいつまでも先輩のことをあきらめられないからで、先輩が僕のことを思ってくれているからではない。
きっともう……僕のことなんて、忘れてしまったに違いないんだ。
それこそ2年前にぱったりと連絡をくれなくなったのだって、もしかしたら新しい恋人ができたからかもしれない。
もしそうなら、今頃はその人と結婚なんてしているとか……僕と出会う前は、女の子と付き合っていたというし……子どもとか、生まれてて……ちょっと亭主関白なところもあるけれど、幸せな家庭を築いていたりして……
───ぽたり。
携帯の画面に滴が落ちる。ぽたぽた、ぽたぽた、小さな水たまりを作って……
「………うっ……ふぇ……うぅー……」
思わず嗚咽がこぼれた。
………もし、自分の想像がすべてその通りなのだとしたら……僕にはもう、生きている意味なんてない。
先輩の幸せな現実は、僕にとっては不幸せな現実で……それを知るのが怖いから、ますます連絡なんてとれっこない。
優しい言葉なんていらない。
ただぎゅっと抱きしめてくれるだけでいい。
そうしたら僕は、幸せになれるのに……
僕の好きな人は、僕のことを好きではない。
言葉にすれば短く簡単なこの事実が、こんなにも僕を苦しめ、身動きをとれなくする。
もう僕なんて、消えてなくなってしまえばいい。
前を向いて歩き出せない臆病な、僕が嫌いだ。
振られるのが怖くて連絡も取れない、僕が嫌いだ。
───先輩に好きになってもらえない、僕が大嫌いだ。
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