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第7話

「おじゃまします」 玄関に入ると、足元の靴を見てちょっとほっとする。 置かれている靴は一足だけ……黒いビジネスシューズ。きっと先輩が履いてるものだろう。 お客さんが来ているわけではなさそうだ。 いけないと思いつつも、ついつい部屋の中をきょろきょろ見てしまう。 青い色のカーテン。ライトグレーのシーツ。冬になると出される一人用サイズのこたつ……いろいろなものが、2年前と同じで…… 「前と全然変わらないね」 ドアに鍵をかけて後から部屋にきた先輩にそう言うと、キッチンに入る。持ってきたレジ袋から、荷物を取り出した。 スポーツドリンクにゼリーにプリン、熱冷まし用の冷却シート……大丈夫。やっぱり買い忘れはないみたい。 「ねえ、何か食べたの?」 後からキッチンに入ってきた先輩の方を振り返って尋ねる。 一瞬動きの止まった先輩からは「……あ、……ああ……食べたよ」との返事。 ん? あえてじーっと見つめていると、無意識に右手で鼻を触った。 ───やっぱりね。 「それ、嘘でしょ」 指摘すると、先輩がぴくっと揺れる。 嘘ついたりごまかしたりするときに、右手で鼻を触るのが先輩の癖だ。 「こういうとき、絶対面倒に思って食べてないはず。薬だけ飲んだでしょ?」 それを聞いて微妙な表情になるから、思わずちょっと嬉しくなった。正解だったみたい。 思ってることが当たってしまうのが不思議みたいだけど、それは……そんな癖があることを、先輩には言ってないから。 先輩のこと、ちゃんと理解したくてずっと見てきたからこそ分かる、僕だけの秘密なんだ。 「お粥、作るから待ってて」 シンクの下の扉を開けると、中にはフライパンとお鍋が一つずつ。これも2年前と変わらなくてほっとする。 もともと自炊なんてほとんどしない人だから、もし調理器具がそろっていたら……それは、誰かがご飯を作りに来ているってことだと思う。 ……今、少なくとも食事を作りに来ている人は、いないみたいだ。 小さな鍋を取り出して、洗ってガスレンジにのせたところで、先輩のほうを見て苦笑する。 やっぱり薄味なお粥は苦手なんだよね。いかにも残念な顔…… 「……あんまり好きじゃないかもしれないけど、我慢してね。……顔色悪いから、胃にやさしいものがいいから」 好きなものを食べさせてあげたいけれど、病人にこってりしたものを食べさせるわけにはいかないし……早く元気になってもらわなくっちゃ! 「それから、熱、ちゃんと測り直して。きっと上がってると思うよ」 確かテレビの下の棚に体温計を入れていたはず。 部屋に戻って棚をごそごそと漁ると、やっぱり体温計はそこにあった。取り出して手渡す。 ………そうだ。 レジ袋から取り出していた冷却シートを箱から一枚取り出し、フィルムをはがして先輩のおでこにペタリと貼る。 おでこに水色の四角いシートを貼られても嫌がらず、おとなしく僕を見る姿が何だかかわいくって…… 「これ貼ると、何だか子どもみたいだね」 思わずからかってしまう。 ……あ、怒られるかな?って思ったけれど、先輩は何にも言わず、ちょっと困ったような顔をして おとなしくベッドに向かった。 毛布にくるまって体温計を脇に挟むと、目を閉じた。 ……やっぱり本調子ではないのかもしれない。おいしいお粥を作って、早く風邪を治してもらおう。 しばらくしてベッドから寝息が聞こえてくると、ちょっと安心して調理に集中し始めた。

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