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第16話
あれから一緒にプリンを食べて、お昼ご飯を食べて……することがなくなったので、バックから文庫本を取り出す。
電車で通勤するときに読めるように、バックの中にいつも本を入れているのだ。
これは人気作家が日常生活について綴ったエッセイ。章立てが細かいので、時間が空いたときにさっと読めるのがいい。
……それはいいのだけれど、問題が一つ。
僕、本を読み始めたら夢中になって、周りのことが見えなくなってしまうんだよね。
はっと気がつくと、部屋は少し翳りはじめていた。
ベッドを見ると、先輩はすやすやと眠っている。
そっと近づいておでこに手を当てると、熱は下がっているみたいでほっとした。
おでこを触ったついでに、そっとほっぺたも触ってみるけれど、ぴくりとも動かない。ぐっすり寝ているみたいだ。
ちょっと残念のような…
ちょっと嬉しいような…
ベッドの端に頬杖をついて、じっと顔を見つめる。
つんつんとほっぺをつついて、すっとした鼻梁を人差し指でなぞる……けど、起きない。
その指で口唇をなぞって……それでも目を覚まさなくって……
「………ごめんなさい」
そう言って指を離すと……今度は自分の口唇を先輩の口唇に触れさせた。
ああ、なんてずるいやつなんだろう。寝ている相手に、こんなことするなんて。
でも。
どうしても我慢が出来なかった……
気持ちが抑えきれなくて、つい暴走してしまった。
……これ以上、そばにいるのはよくない。先輩にとっても……多分僕にとっても…
「………晩御飯、作ろう」
よし、と立ち上がってキッチンへ向かう。
お粥が嫌いな先輩のために、最後の料理はコンソメの風味を生かしたあっさりめのリゾットにしよう。
……そして、出来上がったら家に帰ろう。夢のような時間はそろそろおしまいだ。
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