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第19話
───どうやって部屋に戻ったのかは、よく覚えていない。
ふらふらと歩いて……頭はがんがんと痛んで……乗り継ぎはあきれるほど悪くて……
何とかたどり着いた部屋の中は、すっかり真っ暗だった。
鍵をかけて部屋に入ると、スイッチが切れたようにベッドに倒れこむ。
いつものシーツの感触が肌に馴染んで……優しくて……
「─────────ふうぅ……」
気を許したら、我慢していた涙がこぼれだした。
……どうしてあんなこと、言ったんだろう。
友達だっていいじゃないか。二度と会えないよりかは。
また会う約束を取り付ければよかったんだ。
だけど、あの言葉を聞いて……こんなにも先輩のことを思い続けていた7年間が、ただの独りよがりだと思ったら……言葉があふれ出すのを、どうしても止めることができなかったんだ。
もう終わりだ。
もうあの人には会えない。
僕はもう誰も好きになれない。
誰とも一緒に生きていくことはできない。
この世界にはこんなにもたくさんの人がいるのに、自分以外誰もいないような、ひどい孤独感が全身を包み……
そのまま気を失うようにして、眠りのふちに落ちていった。
「───あー……喉痛い……」
次に目を覚ましたときには、すっかり朝日が昇っていた。
倒れこんだまま布団もかけずに寝たからか、体全体が冷えて何だか動きにくい。
体がとにかくだるくて、頭の痛みは昨日より悪化している気がする。
「………仕事、行かなきゃ」
ベッドから何とか這い出すと、シャワーを浴びて服を着替える。少しはすっきりするかと思ったが、重い倦怠感は取れなかった。
何も食べる気がしなくて、水だけ飲んで仕事場の書店に向かう。
休むということは考えもしなかった。
とにかく働いて、体を動かして、あれこれと考える暇をつぶしてしまいたかったのだ。
今日は早番の日で、書店につくと開店前の業務をこなす。朝のうちに納品された書籍を開梱して陳列する。レジを開ける準備をし、棚の整理をしながら開店の時間。
開店してから夕方まではレジで接客をしたり翌日以降の発注をしたり雑誌に付録を挟み込んだり……気づけばあっという間に勤務時間が終了していた。
売り場から裏に戻って帰る支度をしていると、発注作業をしていた店長がこちらを見た。
「内村君、お疲れ様。帰る前にこれ、測ってね」
店長は立ち上がって、深緑色のエプロンのポケットから細長いものを取り出すと、僕に手渡した。
「………え?これって……」
店長から渡されたもの……それは、体温計だった。
いつも使っているエプロンのポケットがものすごく膨らんでいて、時折バイトの学生たちが「あのポケットの中には、何でも入っているらしい」と噂していたが、まさかこんなものまで入っているとは……
「朝から体調悪いんでしょ?パートさんたちが心配してたよ、昼ご飯も全然食べてなかったって」
───体調が悪いなんて一言も言っていないのに……みんな、よく見てるんだなあ。
「大丈夫ですよ。別に……」
「いいから。いいから。まあ、ここに座って測ってみてよ」
いつもは優しい店長がなかば強引に僕を座らせるので、しぶしぶ体温計を脇に挟んだ。
測っている間、店長は仕事の手を止めて、僕の目の前に椅子を運んできて座る。
「内村君さ、なんかつらいこととか、あったの?」
「………そんなこと、特にないですよ」
「そう?……なんか今日はさ、すごく無理してるって感じがするからさ。仕事で気を紛らわせているみたいな?」
………するどい。
図星すぎて何も言い返せないでいると、ピピピッと体温計が測定終了を告げた。取り出した体温計を見ようとすると、店長の手が体温計を奪っていった。
「38度8分……全然大丈夫じゃないよ。立派な病人だ」
「立派って……」
「内村君、明日はお休みね」
店長の言葉に軽口で返したら、「明日は休み」という絶望的な一言が返ってきた。
「それは困ります!」
───今働けなくなったら、一日中家にいたら、ぐるぐるとどうにもならないことを考え続けてしまうに決まってる。そんなの……どう考えても、つらい。
「そんなふらふらな体で、商品を運べるの?レジ打ちでミスしないって言える?出勤してきた人を特別扱いして楽な仕事だけさせるなんて、そんなことできないよ?」
「……………」
「大丈夫…三枝君がバイトの時間増やしたいって言ってたから代わりを快く引き受けてくれたし、明日は僕も同じシフトの予定だったから、フォローできるし。休めるときは休みなさい」
「………すみません」
「まあ、いつも真面目で働き者の内村君が病気で休むんだ。みんな張り切って君がいない穴を埋めてくれるよ。なんなら、二、三日休んでも大丈夫。早く元気になってね」
そう言って店長は優しく笑った。みんなの思いやりはありがたい……「ありがとうございます」とお礼を言いながら……でも、気持ちは底なしに沈んでいく。
明日一日、何もすることがない。
先輩のことを考えずに体を休めるなんて、本当にできるのか自信がなかった。
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