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第23話
何度寝たり起きたりを繰り返したのか分からない……気づけば部屋はすっかり暗くなっていて、日は完全に沈んでしまったようだ。
携帯を見てみるが、何の連絡も入っていない。
一瞬心が折れかけるが……ふるふると首を振って気持ちを切り替える。
まだ、仕事が終わったばかりの時間だろう……メールにも気づいてないかもしれない。
信じるって決めたから、あきらめてしまってはダメだ。
手に取った携帯をそのまま操作する。
会えなくなる前に先輩が僕にくれたメール……一緒に出かけたときに撮った写真……どれもこれも、どうしても消すことのできなかった、僕の大切な思い出なんだ。
またこの頃のように、一緒にいられるようになったなら……これ以上幸せなことはない…
お願い、先輩……早く来て……
そんなことを考えていると……
───ピンポーン……
部屋の中にインターホンの音が響いた。
びくっと、体が震える。
───先輩だろうか…それとも、別の誰か…?
逸る気持ちを押さえつつ、ベッドから起き上がる。
体調は良くないはずなのに、自然と足がパタパタと動くから不思議だ。
祈るような気持ちでガチャッとドアを開けると……そこには、仕事帰りに寄ってくれたのだろう、スーツ姿の先輩が立っていた。
「………いらっしゃい」
本当は今にも抱きつきたかったけれど、ぐっと堪えてドアを開く。先輩はちゃんと玄関に入ってくれた。
「メール見た。これ、差し入れ」
そう言ってコンビニ袋を手渡してくれた。受け取った袋の白いビニールからは『なめらか生クリームプリン』の文字が透けていた……ちゃんと僕の好みを考えて、買ってきてくれたんだ。
胸がじんわり温かくなって、「ありがとう」とお礼を言って受け取った。
「中にどうぞ……なんかね、風邪、うつっちゃったみたい。まいっちゃった」
きつそうな素振りを見せたら、遠慮してそのまま帰ってしまうかもしれない……それはいやだ。
なるべく回復しているように見せたくて、おどけて笑って見せる。
「……悪い。俺のせいだな」
「大丈夫、気にしないで。帰らないで泊まったのは自分で決めたことだから……先輩のせいじゃないよ」
好きで一緒にいたんだから、気にしないでほしい。
気に病んでこのまま帰ってしまわれるほうが、ずっと困るんだ。
「上がって?」とうながすと、少しためらわれたような気がしてちくりと胸が痛んだが、中に入るために靴を脱ぎ始めてくれたのでほっとする。
……お茶でも用意しようかな。
先に部屋に戻ろうとした僕の背中に、先輩が声をかけた。
「あのさ……」
───何を言われるのか、分からなくて……立ち止まって、恐る恐る振り返る。
『やっぱり帰る』って言われたらどうしよう……怖い。
振り返った先の先輩は、靴を脱いでいる途中で……そのまま、話を続けた。
「……前、俺の家に来たときにさ……『今度病気になったら、気になる人にメールしてみる』って言ってただろ……?」
───先輩は、僕との会話をちゃんと覚えていてくれた。
『今度病気になったら、気になる人にメールしてみる』
風邪をひいていて……熱が出ていて……それでも僕の言葉を、ちゃんと覚えていた。
僕が、「気になる人」だから先輩にメールをしたんだってこと……分かっていて、ここに来てくれたんだ。
……嬉しい。本当に嬉しい。
気持ちがあふれ出すのを止めることができなくて……
靴を脱いで部屋に入り顔を上げた先輩は、僕を見てぎょっとした顔をした……ぽろぽろと涙をこぼしていたからだ。
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