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第25話
どのくらいベッドの上に丸まっていたのだろう。
先輩はどうしたのか……もう帰ったのか……それともまだ部屋にいるのか……全く分からない。
ただひたすらひくひくと泣き続けて……喉も頭も……胸も痛い。
どうして僕の恋愛はこんなにもうまくいかないのか。
……もう嫌だ、こんな苦しい恋。
僕ばっかり振り回されて、僕ばっかり泣いて、何もかも僕ばっかりだ。
僕ばっかりが好きで好きでしょうがなくて、でも、先輩は僕のこと、好きになってはくれない。
どうすればこの苦しい恋から抜け出せるのか……
ぐるぐると頭の中を負の思考が駆け巡って。苦しくて、辛くて、抜け出したくって。で、ひらめいた。
……そうだ。
どうせ好きになってもらえないんだったら、僕も好きじゃなくなったらいいんだ。
先輩のことを好きだから、振り向いて欲しくなってしまう。だったら逆に好きじゃなくなれば……先輩が好きじゃない人になったのなら、どう思われていようと気にはならないはずだ。
なら、先輩のことを、嫌いになればいい。
嫌いになればいいんだ。
嫌いにならなきゃ…
嫌いに…
嫌い…
嫌い…
心の中で呪文のように繰り返しながらぎゅっと小さく丸くなっていると、ぷるぷると体が震えて止まらない。
───そのままじっとしていると、誰かが近づいてくる気配がした。
ベッドの横でぴたりと止まると、話しかけてくる。
「───葵」
「──────うるさい」
「あーおーいー」
「──────うるさい!」
……もう嫌いになったんだから、話しかけないでほしい。
くるまった毛布の中から一生懸命拒んでみるが、ちっとも帰る気配はない。
「なー、出て来いって。ちゃんと顔、見せろよー」
「──────もー、うるさいってば!」
早く帰ってほしい……もう疲れた……
普段こんなに大きな声を出すこともなかったので、ただでさえ具合が悪いのが、さらに悪化したような気がする。
じっとしていると、先輩はもう話しかけてこなくなった。そのかわりごそごそと物音がする…
え?何?
何をしているのかと、戸惑っていると…
「………よいしょ」
「──────!!」
先輩はベッドの上に一緒に上がると、横に寝転んで毛布の上からぎゅっと抱きしめてきた。
───何!?何してるの!?
毛布を挟んでいるけれど、2年ぶりに抱きしめられた。
ずっとずっと、してもらいたかったことが、今頃になって叶うなんて……
毛布の上からでも伝わってくる先輩の温かさに、また涙があふれてくる。
ずるい……ずるいよ、先輩…
「……あのさ、お前の言ってた『気になる人』って、俺のことなんじゃないの?……だったら俺、すごく嬉しいなあって、思ってるんだけど…」
先輩の優しい声が聞こえる……付き合ってた頃だって、こんな優しい声、めったに聞かせてくれなかったのに……
こんなときに限って、優しいなんて……卑怯だ。
───ずるい!
こんなずるい先輩なんて……
「───────い」
「え?」
「─────き…い」
「何?」
「─────きらい……大きらい!」
「………はあ!?」
……これまで一度も言ったことのない「嫌い」という言葉を、とうとう先輩に言ってしまったのだった。
「──何だよそれ!本気で言ってんのか!?」
……さっきまでの優しい声が嘘のように、先輩の怒った声が部屋に響く。
抱きしめてくれていた手を離して、ベッドからおりてしまう。
寂しい……けれど、引きとめるわけにはいかない。
「……それ、本心なのか?……俺のこと、本当に嫌いなのか?」
「……嫌いだよ……ずっと前から、嫌い………嫌い……」
………嘘。本当は好き。大好き。
なのに「嫌い」だけを何度も繰り返す……何度も…何度も…自分に言い聞かせるために…
どうせ好かれないんだから…傷つきたくないなら嫌いになればいいんだ…
「───ああ、そうかよ!悪かったな、一人で勝手に勘違いしてて!………俺、もうこれ以上付き合えねーわ。───帰る」
怒鳴り声とともに、バサバサ、ドタドタという物音がして、音は次第に僕から遠ざかっていく。
「───じゃあな!さよなら!」
遠くから先輩の声が響いたかと思うと───ドアを勢いよく閉める大きな音が、耳に届いた。
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