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第28話

ぴんとこない表情の先輩が、慌てて話し始める。 「───ちょっと待て。俺はそんなつもりで連絡したことなんて…」 「うん、分かってる。これは僕が勝手に思っていたことだよ……でも、僕はそう思うことでしか安心できなかったから……」 ますます分からなくなったのだろう……怪訝な表情を浮かべている先輩に自分の気持ちを話す…… 「───だって先輩……一度だって僕のこと、『好き』って言ってくれたことなかったでしょ?」 「………は?……え?……そんなことは……」 「言ってないよ。一度も言ったことがない。『好き』って言うのは、いつも僕だけ……」 僕のことが好きか尋ねると、返事はいつも「ああ」か「うん」で… ……「俺も」って言ってくれるんじゃないかと、何度も「好き」を言い続けたこともあったけれど、最後は「何かあったか?」と怪しまれてしまったし… 「どうしても親しくなりたくて会いに行ったのも、僕からだったし……初めてキスしたときも……セックスしたときも……先輩は酔ってたし……ただお酒に流されただけ、なんじゃないかって……」 気持ちがあるのは僕だけで、先輩はつい飲みすぎて起こしてしまった「事故」の責任をとるつもりで僕と付き合ってたんじゃないかって…… そんなこと、本当は考えたくなかったけれど…… 「───お前、ずっとそう思ってたのか?」 「だってね。『違う』って確信をもたせてくれる言葉は、あの頃一つももらえなかったから……」 自分で言ってて泣きそうになる……でも、泣いちゃ駄目だ。無理にでも笑わなくっちゃ…… 「だからメールや電話がくるたびに、会いに行ってもいいんだなって……まだ隣にいるのは僕でいいんだなって……そう考えるようになったら……安心して会えたんだ……だけど…」 「……そうやって連絡を待っているうちに、自分からはできなくなった……ってことか?」 「うん……そばにいていいってサインが欲しくて、連絡を待ってたら……自分から連絡をしてはいけないような気になってしまって……連絡がないなら会ってはいけないって……そう思えて……」 「そうして今に至る、ってわけ……」 馬鹿みたい……さっさと会いに行って振られたらよかったのにね。 でも、それは怖くてできなかった。 身動き一つ取れなくなっていた、臆病者の自分が悲しいくらい愚かだ。 「なあ、葵……俺たちもう一度、やり直せないか?」 ───思ってもみなかった言葉が、先輩の口から飛び出した。 とっても嬉しいはずの言葉なんだけれど…… 「………無理だよ。やっぱり不安なのは変わらないんだ……好かれてるって自信がない……」 ……どうせ、今の気持ちのままやり直しても、また同じことを繰り返すだけに違いない。 下を向いて、ぐっと拳を握りしめる。 縋り付いて、泣いて、「好きだ」と言いたい。そうすれば楽になれるのに…… でも、もう限界なんだ。 「なあ……俺、何をしたらお前を安心させられる?」 「……………」 「お前のそばにいられるなら、俺、何でもできるよ。どうしたらやり直してくれる?」 「……………」 「………葵?」 ───何でもしてくれるの? 僕のために何でもしてくれるの?僕は、何をしてもらったら安心できる? しばらく考えて、一つの答えにたどり着いた。 「………って」 「何?何て言った?」 「……好きって、言って…」 「……言ったら、やり直してくれるか?」 ずっと下を向いていた顔を上げると、まっすぐ先輩を見て「うん」とうなずく。 僕の不安の原点は「好き」と言ってもらえなかったこと。 だったら一度でいい。「好き」と言ってもらえればきっと、安心できるはず。 ───もう、僕の心に迷いはなかった。

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