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第29話

靴を履いて玄関に立っていた先輩は、もう一度靴を脱ぐと部屋に戻ってくれた。 僕の前に立った先輩の表情は、どこか今までと違っていて、何だか息が苦しくなる。 ……僕の悩みに、真剣に向き合ってくれていることが分かった。 大きく息を吐くと、先輩は口を開いた。 「……………葵……」 「………はい………」 「……………す………」 「……………」 「………す………す………」 「………す?……」 ───え…? 真剣な表情に、真剣な声。先輩が一生懸命僕と向き合ってくれていることはちゃんと分かっているけど…「す」から先の言葉が出てこない… 照れ屋だし、初めていう言葉だし、言いにくいのかな… そう思って焦らず待つ。 「…………す……」 「……………」 ……でも…いくら待っても、その続きの言葉は出てこなくて…… 次第に先輩の顔が苦しそうに歪んでいく。 赤くなって……額に変な汗が浮かんで……口はぱくぱくと動くけれど、肝心の言葉は出てこない。 ───そんなに、言いたくないのかな。 僕にはやっぱり「好き」って言えないのかな。 「──────うっ!」 ……泣いたら駄目だってわかってる。泣いたら、かわいそうだと思われて、同情されてしまうから…本当の「好き」がもらえなくなっちゃう。 でも、苦しくて… やっぱり駄目なんだと思うと、我慢も限界で…… 涙が零れ落ちないように必死に我慢しているから、きっと今、僕は変な顔してる。 ……「もういいよ」って言おうとした、そのとき…… 「──────わーっ!ごめんごめん!……好き!好きだよ!葵が世界で一番好き!」 先輩は、見たこともないような慌てた表情で「好き」と叫び……その途端、ばっと顔が真っ赤になって、片手で顔を隠してしまった。 目をそらしているけれど、きっと照れているんだ……好きって言ったから…… 僕に好きって言ってくれたから…! ───ぽふっ。 嬉しくなって先輩の胸元に飛び込む。 「………おい……葵?」 「……………僕も……僕も好き……」 ぎゅうぎゅうと先輩に抱きつくと、懐かしい大好きなにおいがする。 そっけない人だけれど、いつもとっても温かくって……そんな先輩が、僕のことを好きなんだと思ったら、涙があふれてきて…… 先輩は、そんな僕の背中を優しくなでると、僕に尋ねた。 「……『気になる人』ってやっぱり俺のこと、でいいんだろ?」 ……そんなの、当たり前だ。 だって僕の心の中に入り込めるのは、先輩しかいないんだもの。 「……出会っ、た…ときから……僕、の『気になる人』なんて……先輩、以外……いな、い……よ……」 そう返事をして、もっとぎゅっと抱きつこうと思ったんだけど…… 「───へ?」 そのままずるずると全身から力が抜けて、先輩の体にもたれたまま意識が遠のいていった。 「うわっ!お前、顔真っ赤!……絶対、熱上がってるぞ!!」 ───ごめんなさい、先輩……僕、もう、限界みたいです……

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