67 / 243

第5話

しばらくすると、テーブルに注文したものがすべてそろった。 隅に置いてある箸置きから割り箸をとって手渡すと、「ありがとう」と嬉しそうに葵は礼を言った。 餃子と一緒に運ばれた、たれの入った小皿にラー油を落とす。俺は多めが好きだが、葵は辛すぎると駄目だから、いつもより少なめに入れて真ん中に置く。 箸を割って右手にとると、俺のラーメンから煮卵の半分をとって、葵のラーメンどんぶりに移す。ついでに葵のラーメンからチャーシューを一切れとって、自分のラーメンの上にのせて……そこで、気づいた。 ───あれ?俺、何してんだ? 顔を上げて見ると、葵も箸を手にしたまま、びっくりした顔でこちらを見ている。 「あっ、わりっ!俺、何してんだか……」 慌てて元に戻そうとして… 「───先輩、ちゃんと覚えててくれたんだ……」 きらきらした顔で、この上なく幸せそうにつぶやいた葵を前に、手を動かすことができなくなった。 ───ちゃんと覚えててくれた? それって俺のこの、無意識の行動のことか? これが「正解」なのか…? あれ?前はどんな風にしてたんだっけ…? 以前のことが急に思い出せなくなって、思わず固まってしまった俺を尻目に、葵は箸で餃子をひょいとつまむと、一口食べて「おいしい」と微笑んだ。 ふふっと、嬉しそうに笑う葵の顔を見て… ……ああ、そうか。 ようやく思い出した。 男にしては小食で、あんまりたくさん食べられない葵のために、いつも俺の皿から餃子をいくつか分けてやってたんだ。 煮卵やチャーシューだって、前はお互いの好きなものを交換してから食べてたんだっけ……だからついくせで、体が動いたんだ。 「……習慣って、抜けないものなんだな」 自分のしたことが急に何だか恥ずかしくなって、ついついごまかしてしまう……きっと顔も赤くなっているだろう。 「本当だね……でも、『変わらない』って何だか嬉しいよ」 そう言って、葵はレンゲでスープをすくって口にすると、また嬉しそうに笑った。 「この店の味も、変わらないね」 「……変わらないな」 そうは言ったけれど、今日の味はいつもと違う気がする……いつもよりうまく感じるのは、気のせいだろうか。 食べている間、二人の間に特に会話はないけれど……会話はなくても居心地は良かった。

ともだちにシェアしよう!