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第6話

暖かい店内から一歩外に出ると、途端に冷たい空気が体を包んだ。 二人並んで歩きながら、来た道を戻る。 この時間、商店街は人もまばらで静かだ。会話する声が響いてしまいそうで、自然と小さく短いものになってしまう。 「うまかったな」 「うん。おいしかったね」 「また来ような」 「……うん。また連れてってね」 そんな無意識に返していた言葉の一つ一つに、葵が頬を赤く染めて喜んでいたことには全く気づかず、俺はぐるぐると悩んでいた。 ……今の状況が、当初の予定から大きく外れてしまったからだ。 駅で葵に会ったら、葵が食べたいという店ならば多少遠かろうともどこへでも連れていってやって、ゆっくり食事を楽しんだならそれぞれ別の電車に乗って帰る──そんな予定だったのに。 でも、実際は俺の家から最寄りの駅近くで食べて……しかも、メニューはラーメン。 注文したらすぐに出てくるし、食べるのだってあっという間だ。 二人とも腹いっぱいになって店を出たというのに、時計の針はまだ8時を指したばかり。 ───このあと、どうしたらいいんだ? 俺はすっかり時間を持て余してしまった…… 今から飲むといっても住宅地に囲まれた駅前だ。こじゃれた飲み屋があるわけでもないし。 ついでに言うなら、おしゃれなカフェだってない。つくづくデート向きじゃない街なんだよ、ここは。 じゃあ、俺んちでコーヒーでも飲んで、話をするか? ……いやいや、それは絶対無理だ。話だけで終わるはずがない。 ただ一緒に電車に乗って、ラーメン食べただけだっていうのに、こんなにかわいくてかわいくてしかたないんだぞ?……手を出さずにいられる自信がない。 部屋なんかに連れ込んだら、明日も平日だってことはすっかり忘れて、絶対押し倒すに決まってる。 2年も放っておいたくせに、よりが戻って2週間で手を出す……って、これってどうなんだ? 身勝手なやつって思われるんじゃないか? 体だけの関係って、誤解されるんじゃないか? 別に体がめあてなわけじゃない……ちゃんと心を重ねたいんだ。 そう思ってるんなら、焦ったらダメなんじゃねーの? じゃあ、どうする? どうする? ───そんなことを考えながら歩いていたら、とうとう駅前の公園にたどり着いてしまった。 ここから右に曲がれば駅の入口。左に曲がれば俺んち。 いざ、分かれ道に立って……俺は右に曲がった。 そうだ。焦る必要はない。 よくよく考えたら俺たち、今付き合いはじめたばかり……みたいなもんだし。 手を出すには早すぎるだろ。 第一、葵の家はここからさらに電車を乗り換えないといけない場所にあるんだ。 遅くまで引き止めて、乗り継ぎが悪かったなら、家に帰るころには遅い時間になるしな。 ここは、早めに帰すのが正解だろ? そう、心の中であれこれつぶやきながら駅に向かって踏み出そうとしたそのとき。 「───ん?」 ……ぐいっとコートの背中を掴み、葵が俺を引き留めていた。

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