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第8話
「───葵!待てよ!」
声をかけるが、足は止まらない。
くそ!
何で止まんないんだよ!
走って追いかけて……追いついたところで、ぐっと肩を掴んで引き止めた。
「葵!──────っ!!」
名前を呼んで、それから息をのんだ……振り向かせた葵は、泣いていたからだ。
眼鏡の奥の瞳は潤んでいて、街灯の光に照らされてかすかに光っている。
こらえきれなかった涙の粒が赤く染まった頬をすべって落ち、俺が贈ったマフラーに吸い込まれる。……葵の細い指は、マフラーの端をぎゅっと掴んで震えていた。
「…………ごめん……」
「……………」
何で俺はいつも、こいつを泣かせてしまうのか……
いつだって笑顔が見たいし、幸せにしたいのに、なぜかうまくいかない。
もっと気の利くやつだったら、葵を幸せにしてやれるんだろうけど……
「……はな…して……ちゃ、んと……帰る…から……」
途切れ途切れの言葉が、胸にぐっと刺さる。
帰るように言ったのは自分のくせに、こんなことを言わせているのは自分のくせに……俺じゃ駄目だって分かってるのに、今さら手を離してやる気はない。
……俺はこいつじゃなきゃ、駄目だから。
「帰らなくていいよ。うちに行こう」
「だって!………先輩が、帰れって…」
「帰んなくていいって……あー……でもさ、覚悟はしとけよ。俺、絶対抑え、効かなくなるからな」
「………へ?」
濡れた瞳のまま、きょとんとした顔で俺を見る……あーもう、かわいいなあ!
「だーかーら、絶対手を出すから覚悟しとけよ、ってこと!……明日仕事だろうが何だろうが、関係なく抱きつぶすかもしれねーからな!」
……あー!恥ずかしい!
絶対、顔、赤くなってるわ。
葵はくりっとした瞳をぱちぱちとさせたあと、ボンっと爆発したように顔を真っ赤にした。
一体どっちが鈍感なんだか。
苦笑しつつ、掴んでいた腕をはなそうとして……葵の手が俺の手を掴んだ。
「…………ん?どうした?」
「……………」
葵は真っ赤な顔のまま、俺の目をまっすぐ見つめ返すと…
「……覚悟なんていらないよ。ちゃんと分かってる……僕、明日は休みだから今夜誘ったんだし」
そう言って今度は下を向くと、「……明日、動けなくなっても平気だから…」と、消えそうな声でつぶやいた。
………あー……やっぱり俺、一生こいつには勝てそうにないわ……
1秒でも早く家に帰りたくて、葵の手を掴むとぐいぐいと引っ張りながら、夜道を急いだのだった。
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