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第10話
湯船につかって芯から温まった俺が部屋に戻ると、先に上がっていた葵は、所在なげにこたつに入って、じっと手を見ていた。
……しまった。
これは俺のミスだ。テレビくらいつけておいてやるんだった。
ここは自分の部屋ではないから、あちこちを勝手にいじったりなんて、葵にはできない。
俺がいいって言うまでは、何にもしてはいけないって……思ったんだろうな。
「───葵」
名前を呼んでやると、ぱっと顔を上げてこちらを見た。
「喉、渇かないか?温かいものでも、冷たいものでも、何でも出せるけど?」
手招きしてキッチンに呼ぶと、ふにゃっと笑って立ち上がった。
「うん。冷たいもの飲みたい」
冷蔵庫の扉を大きく開けると、二人で中を覗き込む。
今入っているのは……ミネラルウォーターに緑茶とジュースのペットボトル、甘くない炭酸水と缶ビールが入っているけれど……今から一緒に呑むってことはなさそうだしな…
……どれにする?と聞こうとしたとき、「……あ…」と小さな声をあげた。
ん?どうした?
葵の顔を見ると、キラキラした瞳でこちらを見る。
「………プリンが入ってる」
………あー……忘れてた。
そういえば昨日の夜、買いに行ったんだった。こいつの好きな『なめらか生クリームプリン』…
「……それ、お前の。もしかしたらここに来るかもなー……と思って、買っといた」
さっきは「帰ったほうがいい」なんて言っておきながら、家に来ること期待してプリンを買っておくなんて矛盾してるよな……呆れられたんじゃないかと心配になって、葵の顔を覗き込むと……
「じゃあ、これ食べる!」
嬉しそうにプリンを取り出すと、スプーンを手にこたつに戻っていった。
あーあー。子どもみたいに喜んじゃって。
にやにやしてしまう顔を抑えつつ、棚からコップを2つとると、冷蔵庫からミネラルウォーターを出して葵の後を追った。
こたつに戻った葵は、ぺりぺりとフタを剥がすと、プリンをひとすくいした。
ぱくりと口に入れると…何とも幸せそうな笑顔でこちらを見る。
「───うまいか?」
「うん!……ありがと」
子どもみたいな笑顔で、プリンに夢中になっている。……わざわざ夜中にコンビニに出かけたかいがあったようだ。
手にしたコップと水をテーブルに置いて、葵の頭を一撫ですると、向かい側に座った。
……すると、ぴたっとスプーンを持つ手が止まった。
ん?
さっきまでの笑顔とはうって変わって、寂しそうに笑って……また一口すくって食べた。
いかにもしょんぼりした様子。何だか寂しそうな……って、あー、こういうことか……?
すっと立ち上がると、向かい側から隣へと座り直す。
こいつがすねるっていうことは、つまり……少しでも近くにいたい、ってことなんじゃないの?
───すると、また嬉しそうな笑顔を見せた。どうやら正解だったらしい。
「───なあ、俺にも一口ちょうだい」
葵がプリンを口にいれたタイミングでねだってみる。
……ん?と、こちらを向いたところで葵の後頭部に手を伸ばし、動けなくしてからキスをした。
「──────っっっ!!!」
葵の瞳がびっくりして丸くなっているが、気にせず舌を差し込んでやる。
口の中のプリンとともに、奥に引っ込んでしまった葵の舌をからめとって味わう。
カチャンとスプーンがテーブルに落ちる音がして、葵が俺の服を掴んだ……その手は震えている。
ゆっくりと顔を離していくと……葵は瞳を大きく開いたまま、固まっていた。
「……やっぱり甘いな」
そう言ってぺろっと口唇を舐めると、はっとした葵の顔がボンっと真っ赤になった。
おお、今日一番の赤い顔だ。
「2年ぶりのキスは、プリン味だったな」
お互い浮気することもなかったのだから、それこそ久しぶりのキスだ。
忘れられない、インパクトのあるキスになったことだろう。
すでに赤く染まっている顔をもっと赤くしてやろうと、にやりと笑いながらからかい半分で言ったのだが……
「………葵?……どうした?」
葵の顔は赤くなるどころか…さあっと血の気がひいて青くなり……
「……ごめんなさい」
下を向いて震えながら、謝られてしまったのだった……
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