72 / 243

第10話

湯船につかって芯から温まった俺が部屋に戻ると、先に上がっていた葵は、所在なげにこたつに入って、じっと手を見ていた。 ……しまった。 これは俺のミスだ。テレビくらいつけておいてやるんだった。 ここは自分の部屋ではないから、あちこちを勝手にいじったりなんて、葵にはできない。 俺がいいって言うまでは、何にもしてはいけないって……思ったんだろうな。 「───葵」 名前を呼んでやると、ぱっと顔を上げてこちらを見た。 「喉、渇かないか?温かいものでも、冷たいものでも、何でも出せるけど?」 手招きしてキッチンに呼ぶと、ふにゃっと笑って立ち上がった。 「うん。冷たいもの飲みたい」 冷蔵庫の扉を大きく開けると、二人で中を覗き込む。 今入っているのは……ミネラルウォーターに緑茶とジュースのペットボトル、甘くない炭酸水と缶ビールが入っているけれど……今から一緒に呑むってことはなさそうだしな… ……どれにする?と聞こうとしたとき、「……あ…」と小さな声をあげた。 ん?どうした? 葵の顔を見ると、キラキラした瞳でこちらを見る。 「………プリンが入ってる」 ………あー……忘れてた。 そういえば昨日の夜、買いに行ったんだった。こいつの好きな『なめらか生クリームプリン』… 「……それ、お前の。もしかしたらここに来るかもなー……と思って、買っといた」 さっきは「帰ったほうがいい」なんて言っておきながら、家に来ること期待してプリンを買っておくなんて矛盾してるよな……呆れられたんじゃないかと心配になって、葵の顔を覗き込むと…… 「じゃあ、これ食べる!」 嬉しそうにプリンを取り出すと、スプーンを手にこたつに戻っていった。 あーあー。子どもみたいに喜んじゃって。 にやにやしてしまう顔を抑えつつ、棚からコップを2つとると、冷蔵庫からミネラルウォーターを出して葵の後を追った。 こたつに戻った葵は、ぺりぺりとフタを剥がすと、プリンをひとすくいした。 ぱくりと口に入れると…何とも幸せそうな笑顔でこちらを見る。 「───うまいか?」 「うん!……ありがと」 子どもみたいな笑顔で、プリンに夢中になっている。……わざわざ夜中にコンビニに出かけたかいがあったようだ。 手にしたコップと水をテーブルに置いて、葵の頭を一撫ですると、向かい側に座った。 ……すると、ぴたっとスプーンを持つ手が止まった。 ん? さっきまでの笑顔とはうって変わって、寂しそうに笑って……また一口すくって食べた。 いかにもしょんぼりした様子。何だか寂しそうな……って、あー、こういうことか……? すっと立ち上がると、向かい側から隣へと座り直す。 こいつがすねるっていうことは、つまり……少しでも近くにいたい、ってことなんじゃないの? ───すると、また嬉しそうな笑顔を見せた。どうやら正解だったらしい。 「───なあ、俺にも一口ちょうだい」 葵がプリンを口にいれたタイミングでねだってみる。 ……ん?と、こちらを向いたところで葵の後頭部に手を伸ばし、動けなくしてからキスをした。 「──────っっっ!!!」 葵の瞳がびっくりして丸くなっているが、気にせず舌を差し込んでやる。 口の中のプリンとともに、奥に引っ込んでしまった葵の舌をからめとって味わう。 カチャンとスプーンがテーブルに落ちる音がして、葵が俺の服を掴んだ……その手は震えている。 ゆっくりと顔を離していくと……葵は瞳を大きく開いたまま、固まっていた。 「……やっぱり甘いな」 そう言ってぺろっと口唇を舐めると、はっとした葵の顔がボンっと真っ赤になった。 おお、今日一番の赤い顔だ。 「2年ぶりのキスは、プリン味だったな」 お互い浮気することもなかったのだから、それこそ久しぶりのキスだ。 忘れられない、インパクトのあるキスになったことだろう。 すでに赤く染まっている顔をもっと赤くしてやろうと、にやりと笑いながらからかい半分で言ったのだが…… 「………葵?……どうした?」 葵の顔は赤くなるどころか…さあっと血の気がひいて青くなり…… 「……ごめんなさい」 下を向いて震えながら、謝られてしまったのだった……

ともだちにシェアしよう!