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第11話

───ごめんなさい? 葵が下を向いて震えている理由がわからない。 何で謝るんだ?今までの話の中に、謝るところがあったか? 連絡をとらずにいたことは、お互いの誤解が原因だって分かって、解決しただろ?もう今さら謝る必要なんてない。 ……じゃあ今度は何で謝ってるんだよ。 久しぶりにキスをして……2年ぶりだとからかって……そうしたら謝られた? このタイミングで謝る理由って、何だよ……ただでさえ小柄な体をさらに小さくしてさ……何でそんなに怖がってんの? もしかして… もしかしてだけど… これってつまり……葵にとっては、2年ぶりのキスではなかった、ってことか? だから申し訳なくって謝ってるのか? ……その考えに行きついた途端、胸がぐうっと苦しくなった。 悲しいという感情と醜い嫉妬と、綯い交ぜになった感じというのだろうか…… 苦しくて仕方がないが、それを葵にぶつけるわけにはいかない……そもそも2年も手を離していたのは俺だからだ。 恋人に一方的にほうっておかれて、葵が人恋しい気持ちになったのなら、それは当然のことで。 誰かの手にすがりたくなったとしたら、それは間違いなく一人にした俺のせいだ。 俺以外の誰かと、キスをしたりセックスしたり……そんな過去があったとしても、俺には腹を立てる資格がない。 ……うつむいた葵の細い体をこちらに向かせると、そっと手を伸ばして頬を撫でてやる。 触れた途端、びくりと怯えたように体が強張るのを見て、それまでの思考とは相反する……言い知れない感情が俺の中でせり上がってくるのを感じた。 ───このまま、葵をここに閉じこめてしまいたい。 押し倒して、服も下着も剥ぎ取って、俺のモノを捩じ込んでやりたい。 泣こうが喚こうが何度でも、欲望の証をその身体に注ぎ込んでやりたい。 このしなやかな身体のすべてを食べ尽してしまいたい。 もう誰にも触れさせたくない… 自分だけのものにしてしまいたい… そんな暗い愉悦にとらわれてしまいそうになったとき……葵の固く結んだ手の甲に、ぽつりと滴が落ちるのが見えた。 ……涙の粒を見て、はっとした。 何を考えているんだ、俺は。 こんなに長い間、一人で泣かせてばっかりだったのに……また、悲しませようっていうのか? せっかくやり直せた今、もうこれ以上葵を泣かせたくはないんだ。 幸せにしてやりたいって……本気で思ってるんだから…… 触れたままにしていた手を動かして、もう一度頬を撫でる。 「……気にしなくていい、過去のことなんて。俺も気にしないから」 そう自分に言い聞かせるように告げたのだが、葵はふるふると首を振った。 「だめ……ちゃんと、謝ら…なくちゃ…」 「いいよ、別に。たいしたことじゃねえし…」 たいしたことじゃない……っていうのは嘘だけど……本当は苦しいけど、な。 でも、謝られたらもっと苦しい……それにきっと、自分が抑えられなくなる。 「───でも!……寝てるからって、こっそり……ってのは、やっぱりよくなかったから!」 葵はうるうるした瞳で、まっすぐ俺を見つめて言った……けど。 ───ん? 寝てるから?こっそり?……何のことだ? 何だか俺の想像しているものとは違う気がするんだけど。 「………ちょっと待て。お前の言ってる『ごめんなさい』は、何に対する『ごめんなさい』?」 絶対何か食い違ってる気がするんだよな……俺たち。 「………今さっきのキスが『2年ぶりのキス』じゃないから、『ごめんなさい』」 「うん……で、お前が必死に謝ろうとしている、前にしてしまったキスって、いつ、誰としたキスなわけ?」 「……えーと……その……この前、先輩の……看病にきたとき……」 「うん」 「……先輩……お昼も寝てて……つついても、触っても起きなくて……」 「うん」 「……何しても起きないんだな……って思ったら、我慢できなくって……」 「うん」 「……寝てるところに、キスしちゃった…」 「うん?」 葵はそこまで話すとまた「ごめんなさい!」と謝ってきたが… ───何だよ、それ……相手、俺かよ……だったら、何にも問題ないっての! だいたいあのときって、まだ誤解し合ってた最中だろ? そんなときに俺の寝顔見て、我慢できなくなったんだろ? それでキスしてしまったって…やってることがいちいちかわいいっての!怒るわけないし! ……そんなことでしょぼんとしている葵を見ていると、いたずら心が出てきて……まあ、はらはらさせられたわけだし、ちょっと仕返しをしてもいいんじゃないか? 「……ふーん……そんなことしたんだ?」 「……うん……」 「寝てる相手に、こっそり、ねえ」 「……ごめん、なさい……」 「で……許してほしいって、思ってるわけ?」 「……はい……」 「わかった。じゃあ…」 そう言って、葵の顎に手を当て、うつむいていた顔をあげさせる。 にやにやとあくどい顔で笑ってしまいそうになるのを抑えて、さらりと言ってやる。 「───もう一回、葵からキスして?」 一瞬、きょとんとした顔になったが、次の瞬間、またもや葵の顔は真っ赤になってしまったのだった。

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