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叶える 第1話
夕方の駅は人でこみあっていた。
住宅地にある駅だから、帰宅客ばかりでみんな足早に通りすぎていく。誰かが待つ家に、少しでも早く帰れるように。
一方俺はというと、改札口を出たところで脚を止めて携帯電話とにらめっこをしている。
かけるべきか?
それともこのまま帰るか?
こんなにうじうじ悩む俺を見たら、気のおけない同僚のアイツは大爆笑をすることだろう……はあ、と何度目か分からないため息をついた。
もとはといえば、アイツのせいなのだ。俺がこんなに悩むはめになったのは……
12月に入って仕事が忙しくなってきたというのに、どういうわけか今日は久しぶりに定時に仕事が終わった。
せっかく早く退社できたんだし、そのまままっすぐ帰るのももったいない気がして、俺は帰り支度を済ませた長谷川に声をかけた。
「おい長谷川、このあと飲みに行かないか?」
「あー……っと、わりぃ……今日は悠希が家で待ってるんだ」
……「悪い」と言いながら、顔はデレデレしてるってどういうことだよ。腹が立つやつだな。
「何だよ。相変わらず付き合いが悪いなあ。どうせイチャイチャするつもりだろ」
「今日はバイトが休みだから、一緒にメシ食う約束なんだよ。今から断ったら可哀想だろ?結構寂しがりなんだよ」
「……へーへー。お熱いことで」
せっかくの飲みたい気分が台無しだ。仕方ない……おとなしく帰るか。
荷物を持って駅までの道を歩く俺を長谷川は追いかけてきて、並んで歩きながら話を続ける。
「お前さ、俺のこと誘ってないで、葵君とこ行けば?」
───は?
長谷川とその恋人は俺と葵のコトを知っている、数少ない人間だ。だから、そんな言葉が出てきたのだろうが。
「……今日は約束してないんだ。急には無理だろ」
会う約束をしていないのに、自分の都合で急に会えなんて勝手すぎるだろ。
そう言うと、長谷川はやれやれといった顔で返してきた。
「……お前さ、葵君が突然『急に時間ができて……会いたくなったから、来ちゃった』なんて言って会いに来たら、迷惑か?」
……お前、声色まで真似るのやめろよ……気持ちわりぃ……でも……
「迷惑……じゃ、ない」
むしろ嬉しい。
何だよ。そんなに俺に会いたかったのかよ、ってテンションが上がるな。間違いなく。
「それは葵君も同じだよ。絶対、喜んでくれると思うけど?」
……確かに喜んでくれそうな気もする。
かわいい顔ではにかんで、嬉しそうに「……ありがと」とか言ってさ……って、そんなこと考えてたら本当に会いたくなってきた。
「葵君、今日はまだ仕事してんのか?」
「今日は早番だからそろそろ上がりだな。でも、明日は遅番だから、もしかしたら帰りにどこか寄ってるかもしれないけど…」
「……ふーん。葵君のスケジュール、ちゃんと把握してるんだ」
「はあ?あ、いや、それはつまり、葵がいちいち報告してくるからで!別に知りたくて聞いたわけじゃなくて!」
「はいはい。お前の意思じゃないんだろ?わかったわかった。とにかく、会いに行ってやれよ。恋人のかわいい顔見たいのはお前も一緒だろ?」
……人の話、ちゃんと聞けよ。
まあ、確かに葵のかわいい顔はいつだって見たいけど…
「………うー……」
どうしようか。
会いたい。
でも、急に行くのは迷惑か?
俺に会えたら本当に喜ぶのか?
どうする?
どうする?
「……まあ、とりあえず電話してみれば?悩んでてもはじまんないし。がんばれよ!」
駅に着くと改札を通り、ホームに向かう。
恋人の待つ家に帰る長谷川は、軽く手をあげて自分の乗り場へ去っていった。足取りは軽く、幸せいっぱいの空気を纏いながら。
で、一方の俺はというと、結局どうするか決められないまま電車を乗り継ぎ、とうとう葵の家の近くの駅まで来てしまったのだ……結局、電話をかけられないままで。
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