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第3話

さて、帰るか… 何だかささくれた気分のまま携帯をスーツのポケットにしまうと、定期入れを取り出した。この前ICカードにチャージしたばかりだから、運賃は足りるだろう。 柱に据え付けてある時刻表を見ると、発車までまだ時間があった。仕方なく、駅前におかれているベンチに座って時間を潰すことにする。 日も暮れてきて、風が冷たさを増した気がする。このままここにいたら風邪ひきそうなくらい。 風邪ひいたら……あいつ、また看病してくれるかな…… そんなことを考えていると、途端に葵のことが気になり始めた。 ……そういえば、あいつ……切る前に『待って』って、言ってた気がする… あわてて電話をとってくれたのに、ちょっと冷たすぎたんじゃないか?俺…… きっとこれが2年前の俺だったなら、何にも気にすることはなかっただろう。何にも気にせず、そのままだったはず。 でも……この2年で俺だって学習している。ある程度は予想することだってできるんだ。 葵の性格。 葵の思考法。 葵の行動。 葵の…… 「………あー……ダメだ…」 あいつ今頃、絶対落ちこんでる。 何にも悪いとこなんてなくて、ただ俺が振り回しただけなのに、沈んでるに違いない。 どうして電話を切られてしまったのか……自分の何がいけなかったのか…… 見つかるはずもない自分の悪いところを探して……見つけられないことにまた落ちこんで……んで、泣くんだ、きっと。 そう思ったらいてもたってもいられなくなって、もう一度携帯を取り出した。 さっきはあんなに悩んだくせに、今度は一秒でも早く繋がるように大急ぎで画面を操作する。 携帯を耳に押し当てると、またもや呼び出し音が聞こえ始めた… 早く出ろ……早く出ろ…… じりじりとした気持ちで携帯を握るが呼び出し音は鳴り続けたまま。 一向に出る気配がない。 ──もう、俺と話すの嫌になった? まさかだけど……泣いているんじゃなくて、俺に愛想が尽きたとか? ああ……何て馬鹿なことしたんだ。 何であんなそっけない態度でしゃべったんだ! 何でもっと優しくしてやれないんだよ! 自分に腹をたてながら葵が出るのを待っていると……呼び出し音がぴたっと止まった。 「もしもし!?葵!?」 葵の声を聞くより早く、少しフライングぎみに名前を呼ぶ。 焦っている気持ちが伝わっているのかいないのか……葵の返事はなくて。 「……………」 『……………』 「…………葵?……聞こえてるか?」 『……………………は…い……』 ようやく耳に聞こえてきた声は、すっかりかすれてしまった涙声だった……

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