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第7話
靴を脱いで部屋に入ると、さっきも嗅いだ美味しそうな匂いがさらに強くなる。
コートと、スーツのジャケットを脱いでハンガーにかけると、クローゼットを覗く。
そこには2年前に俺が置きっぱなしにしていたスーツが、ちゃんと手入れした状態でかけられていた。
体型はそんなに変わってないし、明日はこれ着て出勤できそうだ。
この様子ならシャツもネクタイもありそうだと探していると、キッチンから葵の声がした。
「───先輩、もうちょっと待てる?あと少しでできるから」
その声に誘われるように、ネクタイを外しながらキッチンに入ると、葵はねぎを刻んでいるところだった。
炊きたてのご飯の匂いと、魚の焼ける匂いと……空腹の俺には、たまらない空間だ。
……ちょっとぐらい分けてくれねーかな……
「……俺、すっげー腹減ってんだけど……何か、俺が食べてもいいの、ある?」
急だったから、さすがに俺の分は期待できないだろうけど、ご飯に味噌汁くらいは分けてくれるんじゃないか?
冷蔵庫を開けて中を見ようとしたとき、葵が苦笑しながら言った。
「心配しなくっても、ちゃんと先輩の分も作ってるよ」
「え?だって急に来たし、もともと1人分を作ってたんだろ?」
「1人分を2人分にするのなんて、材料があれば簡単だよ……それに」
「それに?」
「……どうせ、いつも2人分作ってるから」
───2人分?
「いつも2人分作ってんのか?一人暮らしなのに?」
2人分作ったって余るだけだろ?
毎日2人分食べているとは思えない体型だが…
「……だって……いつ先輩が来るか分からないから……今日みたいに、急に会いに来てくれたときでも、一緒にご飯食べたいし…」
葵は急にゴニョゴニョと……まるで自分に言いわけするみたいに説明しだした。
それで毎日2人分?作ってる?
来るか来ないかも分からないやつのために、毎日作り続けてんのか?
「あ、でも!……ひとりで食べても、余った分は朝ごはんにしたり、お弁当にして持っていったりしてるから…」
だから平気って?
んな、いつ来るかも分かんないやつを待つくらいだったら、電話でもして「食べに来て」って……
───ああ、だからか。
だからお願いのひとつが「一緒にご飯を食べたい」なのか…
わがままだと思ってることだから、俺には言えなかったんだな。
「………こんなことするのって……やっぱり重いかな…」
ネクタイをキッチンの椅子の背もたれに掛けると、ねぎを刻む手が止まってしまった葵の後ろから、その手元を覗き込んだ。
「今日のメニューは何?」
「……鰆の西京漬けに筍と桜エビの炒め物。残った筍と一緒にわかめを味噌汁の具にして……あと、梅と大根のサラダにご飯…」
「おお!どれも、うまそうだな!」
「本当?足りなかったら豆腐があるから、炒り豆腐とか揚げ出し豆腐とかも作れるよ!?」
首だけこちらに向けると、葵は嬉しそうに言った。
褒められてご機嫌になった葵の額に、チュッとリップ音を立ててキスをしてやる。
「こんだけあれば十分だよ。豆腐のメニューはさ、次に作ってくれよ」
どちらも、とてもうまそうだ。
「楽しみにしてるから」と続けると、額をそっと触った葵は少し照れながらも、えへへと嬉しそうに笑った。
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