96 / 243
第8話
風呂から上がって、タオルで頭を拭きながらキッチンに戻ると、テーブルの上にはすっかり夕飯が整えられていた。
葵に風呂をすすめられたとき、お願いの一つが「一緒に風呂に入りたい」だったことをちゃんと指摘したのだが……「こんなに一度に願いが叶ったら、僕の心臓がもたない!」とごねる葵がめちゃくちゃかわいかったので、今回は許してやることにした。
……まあ、次にここに来るときは、絶対一緒に入るけどな。
葵がご飯をよそった茶碗を受け取ってテーブルに運ぶと、二人向かい合って座る。
「いただきます」
箸を手に取り、汁椀を左手に持つと……葵と目があった。
……心配そうな顔。口に合うかどうか不安なんだろう。苦笑しつつ、味噌汁を一口、口にすると…
「……あ……うまい……」
続けて炒め物を食べてみるが、これも味付けがちょうどいい。魚だって焼き加減が抜群で、これまたうまい。
あれ?昔もたまにメシ作ってもらってたけど……こんなにうまかったかな…?
気づけばどんどん箸が進む。
あっという間に一膳分のご飯が空になってしまった。
「おかわりあるよ?」
「ああ、頼む」
空になった茶碗を差し出すと、嬉しそうに受け取ってご飯をよそう。
葵からおかわりをもらうと、一口食べる。ご飯の炊き加減もちょうどいいんだ。
「お前、料理作るの上手になったなー」
「そんなことないよ。毎日作ってたら慣れてきただけだと思うけど?」
「そうかなあ。俺なんか2年たっても全然作れないのに」
「だって先輩、料理しないでしょ」
「俺と料理の組み合わせは最悪だからな…」
いったい今までいくつの鍋をダメにし、何度血を見たことか…
その様子を見たことのある葵は、すっかり思い出したようで苦笑している。
「……確かに、あれはちょっとね…」
「だろ?まあいいんだよ、俺が料理できなくても。お前が俺んとこ、嫁に来れば」
そうしたら問題ないだろう?
毎日うまいメシ食えて、いつもかわいく笑ってくれて、夜は俺の下で甘い声で啼いてくれて。
こんないい嫁、他にいないだろ。
そんなことを考えながら食べていたら、ふと気づいた。
「───葵?」
「……………」
葵が何にも言わず、黙り込んでいる。
不思議に思って顔をあげると…
「葵!?どうした!?」
「……………」
葵は手に箸と茶碗を持ってこちらを向いたまま、声も出さずにぽろぽろと涙をこぼしていた。
ともだちにシェアしよう!