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第2話

「──────え?」 ……一瞬、何を言っているのか分からなくなった。 『カミングアウト』って言った? え? 聞き間違いなのかな? 「……あー……大丈夫だよ、お前のことはひとことも言ってないし、ばれてもない。迷惑かけてはいないはずだから」 そう言って、先輩は苦虫を噛み潰したような顔をした。 ……いや、そんなこと心配しているわけじゃないよ!誤解しないで! 「そんなことはどうでもいいの!迷惑とか思わないから!……先輩は家族にどこまで告白したの?」 「………それは…その……男と付き合ってるって…」 「うん」 「間違いなく恋愛という意味の好きで、大学の頃からずっと付き合ってて、反対されても別れる気はないって」 「……うん…」 「どうせ認めてはもらえないだろうから、勘当してくれて構わないって言った。そのあとすぐに、荷物をまとめてこっちに帰ってきて……それからずっと、連絡もとってない」 「………………」 ───知らなかった。 再会してから1ヶ月余り……全く気づかなかった。先輩が2年も前に、そんな覚悟をしてくれていたこと…… 「………ねえ…でも……2年前のお正月なら、僕たちもう離れて暮らしていたころだよね……別れるかもしれないってときに、家族にカミングアウトをしたの?」 ───そのまま別れてしまったとしたら、わざわざカミングアウトする必要なんて、なかったんじゃないのかな。 第三者の目線で見たとしたら、あのときは別れてしまう可能性のほうが、高かったと思うんだけど… 「───別れることになるかもって、思ったからだよ」 「………え?」 「このまま自然消滅するんじゃないかって怖かった。何でこんなことになったんだろうって考えれば考えるほど、後悔ばかりが噴き出してきて……俺、恋人らしいこと何もしてないし……優しくだってしてやれてなかったし……」 「そんなこと……」 「だったらせめて、今からでもちゃんとしようと思って。ずっとみんなに隠してきたけれど、葵と付き合うということに、ちゃんと向き合おうと思って。それで、相談もせず勝手にカミングアウトした」 先輩はそれまで握っていた手を離すと「すまない」と頭を下げた。 「そんな!謝ることじゃないよ!むしろ……ありがと…」 「……え……」 顔を上げた先輩の目をしっかりと見ながら、できるだけ先輩が、自分のしたことを気にやむことのないよう微笑むと、心を込めて言う。 「どんなときも僕のこと、大事に思ってくれてありがとう。僕のためにつらいことも頑張ってくれてありがとう……これからもずっと……そばにいてね」 家族のかわりにはなれないかもしれないけれど……でも、家族みたいにずっと一緒にいようね。 それが先輩の勇気に対して、僕にできる唯一のことだと思うんだ。 「ああ……とりあえず、年末年始はお前の家に行ってもいい?それで、一緒に初詣でとか、行かないか?」 僕がお願いしようと思っていたことが、先輩の口から提案された。 当然僕は迷うことなんてなく「うん!」と返事をしたのだった。 次の日、会社に向かうために僕より早く出勤する先輩を玄関で見送ったあと、僕は手にしていた携帯電話から電話をかけた。 ───今度は僕が、先輩と付き合うということにちゃんと向き合う番だから。

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