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第3話

「内村さん」 ふいに後ろから名前を呼ばれて振り向くと、深緑のエプロンをつけたままの三枝君が立っていた。 ……三枝君はうちの書店のバイト生で、普段は近くの大学に通っている。 見た目はちょっとやんちゃそうなんだけど意外と真面目なところもあって、今日もクリスマスイブだというのに、嫌な顔一つせず働いてくれていた。 「今、帰りですか?」 「うん。今日は早番だったから」 クリスマスイブの今日は遅番……最初のシフト表ではそうなっていたんだけど、社員さんやパートさんの諸々の都合で入れ替えがあって、結局早番に変更。 学校も今日あたりからお休みのところも多いみたいで、店内はいつもに増して幅広い年齢層のお客様が多く来店し、クリスマス包装を次々依頼されて、忙しい一日だった。 少し長くなってしまった勤務時間が終わり、すっかり暗くなってしまった夜の街でも寒くないようにコートを着て、先輩がくれた宝物のマフラーをぐるぐると巻いて……さあ、帰ろう!と従業員用の出入り口に向かっているところで声をかけられた。 「あのー……内村さんはこのあと、何か予定が入ってますか?」 「え?予定?」 「ええ……あの、俺、今日はこのあと予定なくて。もうすぐシフトも終わるんで、もしよかったら飲みにでも行きませんか?」 ……誘われて、ちょっとびっくりした。 三枝君と働くようになって一年くらいかな……一緒に飲みになんて行ったことなかったし。 それに、彼のようなイケメンさんがクリスマスに一人だなんて……意外だ。 彼女の一人や二人、いそうなのに……いや、二人いたらダメだけど。 「……俺と二人で飲むのは、嫌ですか?」 驚いて返事が遅れてしまったからだろう。三枝君はちょっと困った顔……そんな顔をさせてしまったのが申し訳なくて、慌ててしまう。 「あっ、そうじゃないよ!嫌じゃない……嫌じゃないんだけど、僕と飲んでも楽しくなんてないと思うよ……女の子とか、誘ったらいいのに」 バイトに来ている女の子の中にも、今日は一人で過ごしますっていう子も、いるはずだけど……そんな子たちと飲んだほうが盛り上がると思うんだけどなあ。 「内村さんとだから、一緒に飲みたいんですよ。女の子たちとわいわい騒ぐんじゃなくて、静かに話でもしながら飲みましょう。こんなイブの夜に一人なんて、寂しいですから」 三枝君はすっと手を伸ばすと、僕のマフラーを巻き直してくれた。 ……何だか首筋が、ぞくりとした。

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