112 / 243

第5話

ホームに向かうと、目的の電車はすぐにやって来た。 電車の中には、家に帰るであろう人と……これからクリスマスの夜を楽しもうという人と……半々と言った感じか…? 座席に座ることはできなくて、入口のドア近くに立って窓の外を見る。すっかり辺りは日も暮れて、暗闇が迫りつつあった。 家に帰れば風呂に入って、コンビニで買った弁当食って、つまらねーテレビでもだらだら見て、寝る。 クリスマスイブだからといって、特別なことは何もない。 ……最初は俺たちだって、こんなじゃなかった。 葵が大学生だったころは、ちゃんとクリスマスは二人で過ごしてた。 レストランに連れて行くとか、ホテルに泊まるとか、そんな過ごし方はさすがにしなかったけれど、俺の部屋でケーキなんか食べて……プレゼントを贈り合って……それなりに楽しく過ごしてたと思う。 でも。 あいつが就職して一年目。 ただでさえ慣れない仕事に四苦八苦してる中、年末が近づくにつれてますます忙しさも増して……会うたびに葵は、やつれていってる気がしていた。 顔色は悪いし、食欲もなくなっていって、疲れを溜め込んでいってる感じ。 ……なのにあいつ、例年通り二人で一緒にクリスマスを過ごそうと、しんどい身体に鞭打って準備をしようとしてた。もう学生の頃みたいな時間の余裕なんて、あるわけないのにさ。 だから、俺から言ったんだ。「お互い仕事もあるんだから、クリスマスに無理して会うのはやめよう」って。 そう言ったとき、葵も少しほっとした顔をしていた。やっぱり、限界だったのだと思う。 クリスマスなんてこれから何度だってやってくるんだし、今無理させる必要はない……自分の判断は間違ってなかったと、そのとき俺は思ったんだ……そのときは。 一度やめてしまった習慣は、再開するタイミングが難しい。 葵の仕事の量は変わらないし。クリスマスに仕事が重なるのも変わらないし。 で、そのまま俺たちの間ではクリスマスを別々に過ごすことが当たり前になってしまった。 それが今でも続いてる……でも。 本当は俺だって会いたい。 サンタにはなれなくたって、プレゼントの一つでも準備して、あいつを喜ばせてやりたいんだ。 ……そんなことを考えたら何だか胸がぐっと苦しくなって、思わず目をつぶる。 『今年は特別だろ?』 ……長谷川はそう言った。 特別なのか?本当に? 今夜が『特別な夜』なのだったら、いつもはしないことだって、してみてもいいんじゃないのか? 俺らしくないこと、したっていいんじゃないのか? それが『特別』ってことなんだろ? 電車が次の停車駅に着くと、目の前のドアが開く。 俺は何かに押し出されるように、電車から飛び降りていた。

ともだちにシェアしよう!