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第6話

玄関のドアを開けると、部屋の中は漆黒の闇だった。 ふうっと、一つため息をついて、靴箱の上に置いてある籠の中に鍵を入れた。 靴を脱いで中に入ると、部屋の中はひんやり……当然だけれど、人の気配はなかった。 ぐるぐると巻いていたマフラーを外しながら、さっきの出来事を思い出す。 ……結局、僕は三枝君と飲みには行かなかった。 最初は一緒に出かけようかと、ちょっと心が動いていた。一人だといっていた三枝君が可哀そうに思えたし……僕もこんな夜を一人で過ごすのは何となく寂しかったし…… でも、行かなかった……だって。 だって、三枝君が僕のマフラーを触ったから。 三枝君はきっと、僕がうまくマフラーを巻けてなかったから直してくれようとしていたんだと思う。 外は寒いから、風邪なんかひかないように……彼の優しさからそうしてくれたんだと分かっている。分かっているけれど……三枝君がマフラーに触れた瞬間、僕の身体がぞくりとした。 あのとき、僕の背中から首筋にかけて通り抜けていったもの。 それは間違いなく、確かに……不快感だった。 何でそんなことを感じてしまったんだろう……帰り道、ずっと考えていた。 考えて、考えて……結局答えはシンプルに、ただひたすら嫌だったんだと思い至った。つまり、自分の宝物を他の誰かに触られたのが嫌だったんだ。 三枝君は、このマフラーが僕にとってどんなものかなんて、知らなかったはず。 だから、触られたことを不快に思うなんて筋違いもいいところだ……なのに、何だか嫌な気分になって、せっかく誘ってくれた飲み会も断って……僕も大概大人げない。 さすがに自分で自分が嫌になって……結局寂しく過ごすことになってしまったイブの夜が、思った以上に胸を締め付けきて……仕事帰りにまっすぐ帰ってきたというのに、食欲がわかなかった。 でも、何か食べなくっちゃ。明日も仕事だ…… 冷蔵庫を開けて中を覗き込むと、サンタクロースと目が合った。 「………あ……これ…」 思わず手にとって、冷蔵庫のドアを閉めた。 ……僕の家から一番近いコンビニは、最近クラフトビールの品ぞろえを充実させている。先輩はそのコーナーを楽しみにしていて、いろいろと飲み比べているんだ。 つい先日コンビニに二人で入ったとき、これを見つけた。前に飲んで「美味しい」と言っていたビールの缶に期間限定で、ちょっとかわいく描かれたサンタクロースがプリントされていた。 ……面白がって一缶買ったはいいけれど、もうとっくにクリスマスイブはやってきている。 一体先輩は、いつこれを飲むつもりなのだろう。 「……もう、サンタがやってくる日は終わっちゃうよ」 飲むのを忘れられたビール缶のサンタ。 ここにいることを忘れられた恋人の僕。 どちらもどこか寂しくて、どちらもどこか滑稽だ。 ……冷蔵庫の前に立ったまま、僕は缶をあけるとビールをあおった。一気に半分くらい飲んで、缶を持ったままキッチンから出る。 テレビの前のテーブルの上に置くと、暖房のスイッチを入れてコートを脱いで。本当はハンガーにかけるべきなんだけど、何だか今日は動くのも億劫で、床にぽいっと置く。 テーブルの前に腰を下ろすと、また缶を手にとって飲んだ。 だんだん、頭が……ふわふわ、してきた……手にした、缶の、サンタが……歪んで、見える…… ふわふわ…… ふわふわ…… なんだか……おかしく、なって……ちょっと、笑った…… 歪んだ…サンタの、笑顔は……何だか……皮肉な、笑顔…に…見えた……

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