121 / 243

始める 第1話

毎年恒例の歌合戦に決着がつき、テープや紙吹雪が舞う会場から除夜の鐘が鳴る寺の映像に画面が切り替わったとき、テーブルの上に緑茶の入った湯呑が置かれた。 「見始めると、あっという間だよね。この番組」 「ああ……でも正直、歌ってた歌、半分くらい分かんなかったわ、俺」 もともと音楽にそんなに興味はなかったし、若いヤツの聴く曲なんて縁がないし、な。 俺の正直な告白にくすりと小さく笑うと「僕も」と、葵も言った。それが本当なのか、それとも俺に付き合ってくれただけなのかは分からないが……この空間が暖かくて心地よかった。 2年ぶりに葵と再会し、もう一度そばにいられるようになってから、初めての年末。大晦日の今夜は葵の家で、二人一緒にまったりと過ごしている。 俺の休みは30日から明けて4日まで。葵は今日は6時まで仕事で、元日の明日は休み。それからとんで3日が休みだ。 2年前にカミングアウトして以来実家に帰省することをやめた俺は、仕事帰りの葵と合流して家を訪ね、このまま3日まで葵の家で過ごす予定だ。 「先輩と一緒に年越しは初めてだね」 「そうだな……俺、久しぶりに年越し蕎麦食べたわ」 「え!?去年は食べなかったの!?」 「あー……めんどくさくって。代わりにカップラーメン食べた」 「……それって、代わりにならないと思うけど…」 麺は麺で同じだから、いい……って思うのは俺だけか? 「いいんだよ、別に。それにこれからはずっと、年越しそばはお前が作ってくれるんだから、問題ないだろ?」 蕎麦がラーメンになった大晦日はもう来ない。これからはずっと葵が俺の横にいるから、俺に寂しい年越しはもう来ない……そうだろ? 葵の顔を窺って見ると、ちょっぴり潤んだ瞳で「……うん」と頷いていた。それがまた、嬉しい。 「そう言えばさ……初詣、いつ行く?」 「う、うん!いつ行こうか!」 「もうすぐ年が変わるから、カウントダウンしたらすぐ行くか?」 でも、そうすると外は寒いよな… 「それとも明日起きて、ちょっと暖かくなってから行くか…」 「どっちも楽しそうだね。先輩が一緒だったら、僕、寒くないよ?」 「……………そっか」 「うん」 ……ホント、何でこいつはこういう可愛いことを、さらりと言ってくれるのかね。こういうことされるとさ……たまらない気持ちになるんだけど… そんな俺の気持ちなんてお構いなしに時間は流れていて、つけっぱなしにしているテレビから、年越しの瞬間に向けてカウントする声が漏れてくる。 『───10、9、8』 「あっ!カウント始まったよ!」 「ああ…」 『7、6、5、4』 画面から聞こえてくる声に合わせて、葵も一緒に小さくカウントをする。 『3』 「3」 『2』 「2」 『1』 「1────っ!?」 わーっという歓声と、おめでとうというアナウンスと、花火の上がる音と。テレビの向こう側では賑やかな音が聞こえてくるが、この部屋はしんと静かだ。 俺も、葵も、時が止まったように固まっている──唇と唇をあわせたまま。 わざとリップ音を立ててから顔を離すと、葵はびっくりした顔のままで。それがまた可愛くて、もう一度キスをする。 「ごめん、我慢できなかったわ……明けましておめでとう、葵」 「───あっ、あ…あけま…して……おめ、でと……」 しどろもどろな新年の挨拶がまた可愛くて……ホントこいつはたまらない。たまらなく愛おしい。 真っ赤になった顔を手のひらでぱたぱたと扇ぎながら、葵は立ち上がろうとする。 「あ、あのっ!は、初詣、いこっ!カウントダウン、終わったし!」 予想していなかった展開にいっぱいいっぱいになって、何とかしようと思ったのだろう。だけど。 俺は腰を半分浮かせた葵の腕を掴むと、ぐいっと自分の方へ引き寄せ、床に組み敷いた。 「ふぇ!?先輩!?」 「───やっぱり初詣は昼に行こう」 「えっ、えっ、な、んで…」 「その代わり『姫始め』しようか」 「ひめっ……んっ!…んんっ!あっ……ふぁ……」 うん。年越しそばと同じく、これもまた毎年恒例にしてもらおう。 逸る気持ちを抑えつつ、スウェットと一緒に葵の下着をぐいっとずらした。

ともだちにシェアしよう!