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届ける 第1話

注意! 本作は数年前に別サイトで投稿していた小説をリライトして再度投稿したものです。 そのため2月14日が土曜日となっています。 違和感があるとは思いますが、そのあたりをご了承の上お読みください。 僕の働く書店は駅前のビルの二階にある。 このビルにはテナントとしていろいろな店が入っているが、同じ二階……書店の隣には女性が好みそうな雑貨店があって。 仕事中や仕事帰りに、たまに店舗の前を通ることがあるが中に入ったことはない。パステルカラーやキラキラした素材のアイテムがたくさん並ぶ店内は、男一人で入るにはハードルが高いから。 だから、隣にはあっても、僕にご縁はない店だと思い込んでいた。 その雑貨店とうちの書店とで、今年のバレンタインデーに向けてコラボ企画をすることになった。 テナントの店長が集まる連絡会で、隣に座ったうちの店長と雑貨店の店長の間で話が盛り上がったらしい…… うちの書店にはチョコレートの作り方の載った料理本は各種そろっているけれど、そのための道具は置いていない。 逆に、隣の雑貨店には製菓用のグッズは各種そろっているけれど、レシピの載った料理本は置いていない。 お互いの弱いところを補って、売り上げを伸ばす方法はないか…… そこで、それぞれの店で手作りチョコの準備をしているお客様向けに、雑貨店には数冊のレシピ本の見本誌を、書店には料理本コーナーにラッピング用品や製菓用グッズの見本を。相手の店を紹介したポップとともに提案することになったのだそう。 書店側の担当は、なぜか男の僕で……それで、これまで無縁だと思っていた雑貨店に足を運ぶようになったのだ。 その日も、レシピ本の売れ行きを見ながら見本誌を入れ替えに、雑貨店にお邪魔した。 「あ、内村さん、お疲れ様ですー!」 雑貨店側の担当である高橋さんが、僕に気づいて声をかけてくれた。 直接聞いたことはないけれど、高橋さんは僕より一つか二つ年下の女性で、お店の雰囲気に合ってふんわりとした感じのかわいい人だ。 きっと先輩にはこんな人が似合うんだろうな……なんて、初めて会ったときに考えてしまった。 もちろん、紹介するつもりはないけれど。 「お疲れ様です!見本を入れ替えにきました。売り上げ、どうですか?」 「えーと、例年よりいいですよぅ。いつもはうちの店に入ってくれなさそうな年代のお客様も足を運んでくれて。新しい層を開拓できた感じですっ」 「それはよかったです!うちもこちらに置いたレシピ本はよく動くんで、効果ありって感じがしますよ」 どうやらこのコラボ、なかなかうまくいっているようだ。 今日は2月12日。あと残り二日だけど、この調子でいくといいな。 「……しかし、いつ見てもこのコーナーはカラフルですね」 女の子って、本当にバレンタインデーに力を入れてるよね。陳列棚に所狭しと並んだ、ラッピング用の袋にリボンにアルミのカップに……どれもこれもいろんなテイストの柄がついていて。 こういうので、自分らしさを出すのかな…? 「どんなラッピングをするか、選ぶのも楽しいんですよっ!……内村さんは、恋人とかっていないんですか?こういうの、こだわったものを渡されません?」 「───えっ……あー……恋人はいますけど、その……チョコとか贈ってくれる人ではないので……」 先輩のこと……恋人って言っちゃった…… もちろん相手が男の人だなんて、高橋さんには分かるはずもないし……別に僕が誰と付き合っていても関係ないだろうし……だから思わず「恋人がいる」って言ってしまったのだ。 ……何だか……恥ずかしい…… 思わず照れてしまった僕の様子は気にも留めず、高橋さんは「えー!?」と驚いた。 「付き合ってるのに、チョコもらえないんですか?内村さん、甘いものダメな人とか?」 「いや……甘いものには目がないですけど……」 先輩も僕も男だし……さすがにチョコを贈り合うなんてこと、したことない。 でも、相手が男性だなんて思いもしない高橋さんは、次々と僕に質問してきた。 「えー!それなのにチョコをプレゼントしてくれないんですか?」 「えっ、あっ、あの……僕の恋人はすごく忙しい人なんです。それに、イベントとかそういうの、あんまり興味がないみたいだし……」 「興味ないって……じゃあ、クリスマスとかも別々ですか!?」 「いや、去年はちゃんと一緒に過ごしましたよっ」 「え!?『去年は』ってことは、その前は別々だったってことですよね!?」 「そういうときも、まあ、ありましたけどっ。別に僕も気にしてないですから…」 「ふーん……でも、恋人からチョコとか、もらいたくないですか?」 「それは…まあ……もらえたら、嬉しいとは思いますけど……」 だって、バレンタインデーのチョコなんて、気持ちのかたまりみたいなものでしょう?先輩の「好き」って気持ちが詰まっているのだとしたら……嬉しいに決まってる。 でも……どう考えたって、先輩が僕にチョコをくれるなんてこと、あるわけない。 僕も先輩も、どちらも男だし……バレンタイン仕様のチョコ販売コーナーにいる先輩の姿なんて、想像もできないし…… 僕だってやっぱり、買いに行くのは恥ずかしいもの…… 「あ!じゃあ、内村さんからチョコをプレゼントするって、どうですか?きっと喜んでくれると思いますよぅ」 「ええっ!それはさすがに……女性だらけなのに、買いになんて行けないですよ…」 「最近はスイーツ男子も多いですから、そんなに目立たないですって。時間帯次第では、人も少ないですし」 「うーん……でも……」 「買いに行くのが難しいなら、手作りするってのもありですよ?内村さん、料理はできますか?」 「手作りですか!?……料理は……まあ、しますけど…」 「なら、手作りにしましょ!ほら、うちの店にはたくさん材料もありますし!帰りにここに寄って、買っていけばいいですよぅ」 ───手作り。 確かにここには、製菓用の道具やラッピング用品だけじゃなく、クーベルチュールチョコレートやココアパウダーなどの材料も置いてある。 それに仕事帰りの遅い時間になら、お客さんもある程度少なくなって目立たないだろうし……でも…… 「………僕からチョコなんてもらって…嬉しいでしょうか…」 僕はやっぱり男だし……バレンタインに男からチョコをもらうなんて、気持ち悪くないかなあ…… 大体今まで一度だって、チョコが欲しいと言われたこともないんだけど…… すると高橋さんはにっこりと、優しい笑顔で言った。 「大丈夫ですよ。彼氏が自分のために頑張ってくれたのなら、どんな女の子だって喜びますって!イベントには興味なくたって、嬉しいものは嬉しいですから!頑張ってみる価値、アリですよぅ」 そんな風に励ましてもらっているうちに、何だか本当に喜んでもらえるような気がしてきて……うまくいくような気がしてきて…… 僕は思わず、見本として置いていたレシピ本を手にとってしまったのだった。

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